ルドルフ・シュタイナー紹介者
『高橋巖【HARMONIA】Release!!!

 




我が国に人智学のルドルフ・シュタイナーを紹介した高橋巖氏のハーモニカ独奏CD。生涯を神秘学に捧げた叡智と感性から生み出された音楽。その響きは深いハルモニアとなって霊的な記憶を呼び起こす「Rapid-Eye Musick Records」ならではの企画。制作の噂が噂を呼び完成が待望された作品が発売されました。


【高橋巖 - HARMONIA】
レーベル名:RAPID-EYE MUSICK
レコード番号:R-EMCD-004 | ¥2,300-
JASRAC許諾番号:JASRAC R-1080158OP
販売:岡山PEPPERLAND/涼風書林

涼風書林 Web Site
http://www.kirisutoshakyodotai.org/ryofumain.html








高橋巖『HARMONIA』のデザインコンセプトは
ハーモニカの吹き口の穴をモチーフにデザインされています。
そして、我が国の音階の表記法である"はにほへといろ”に習い
ライナーノーツの平仮名部分を総て白抜き文字で扱い、
あえて裏写りする用紙を用いて蛇腹状のライナーノーツに白黒の濃淡が
音楽的に透けて見えるように制作されています。

「一見デジタル風で、思いっきりアナログ!!」なデザインコ
ンセプトです。

ライナーノーツも含め楽しんでいただけれたら嬉しいです。

高橋巖『HARMONIA』
レーベル名:RAPID-EYE MUSICK
レコード番号:R-EMCD-004
JASRAC許諾番号:JASRAC R-1080158OP


プロデュース:能勢伊勢雄
制作進行:後藤耕太(電通)
ディレクション:能勢伊勢雄+松本順正
レコーディング:能勢遊神 at.PEPPERLAND
テキスト:小林直生,松本順正,能勢遊神,能勢伊勢雄
校正:柴田聖子

デザイン:(有)シマダデザイン 石田尚史 シマダタモツ

発行販売:Live House PEPPERLAND
   〒700-0011岡山市北区学南町2-7-4
   Tel.086-253-9758 Fax.086-255-9936

販売協力:株式会社涼風書林
   〒101-0061東京都千代田区三崎町3-6-15-201
   Tel./Fax.03-3511-0041

   涼風書林 Web Site
   http://www.kirisutoshakyodotai.org/ryofumain.html

税込価格:¥2,300-


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印刷:
【インク】スミ(箱)スミ(蛇腹)
【紙】奉書紙 60kg(箱) 純白ロール 35kg(蛇腹)

高橋巖写真:能勢伊勢雄
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1. 雪が降る    作曲 Salvatore Adamo   編曲 斎藤寿孝
2. カリンカ    ロシア民謡           編曲 佐藤秀廊
3. 津軽海峡冬景色 作曲 三木たかし        編曲 斎藤寿孝
4. 好きになった人 作曲 市川昭介         編曲 斎藤寿孝
5. 涙の連絡船   作曲 市川昭介         編曲 斎藤寿孝
6. 夜のタンゴ   作曲 Hans Fritz Borgmann  編曲 岩崎重昭
7. 荒城の月    作曲 瀧廉太郎         編曲 佐藤秀廊
8. 枯葉      作曲 Joseph Kosma      編曲 斎藤寿孝

Harmonica solo 高橋 巖

高橋巖ハーモニカCDの為に | 小林直生(クリステン・ゲマインシャフト司祭)

 高橋巖先生に初めてお逢いしたのは1975年の10月3日の嵐の日でした。当時友人と大学に「神秘学研究会」というサークルを作りグルジェフの研究をしていたのですが、グルジェフ関係の本に時折ルドルフ・シュタイナーという名が出てきて大きな関心をいだいていたところ、研究会のメンバーの一人が荒俣宏氏の弟子で、先日鎌倉に荒俣氏とともに高橋先生を訪ねて来たと云うのです。今度国書刊行会から出る世界幻想文学大系にシュタイナーの「アカシャ年代記」を翻訳して欲しいと依頼してきたと云うではないですか。そして彼から高橋先生の名刺をなぜか貰い、興奮する気持ちを抑える為にビールを何本か空け、気持ちを大きくして電話をしたのです。 そのころシュタイナーを紹介した文献は澁澤龍彦の「秘密結社の手帖」という本と高橋先生のもう絶版になっていた「ヨーロッパの闇と光」ぐらいしかなかったのですが、シュタイナーの人智学研究者として高橋巖という名は知られていました。まだお逢いしたことはなっかたのですが、この高橋巖という名前がとても威厳に満ちて感ぜられ、ビールの酔いは一挙に醒め震えながら電話でお話ししたことを昨日のことのように生き生きと想い出します。
 先生を鎌倉の自宅に訪問した時の興奮は今でも忘れられません。人生で初めて畏敬の念というものを抱いたのもこの時でした。訪問した際、「神秘学序説」という自著が来月出版されること、そしてその出版記念の集まりでシュタイナーの研究会を発足することを聞き、そこに招待されたのです。そして11月に市ヶ谷の私学会館で11人の参加者と先生の12人でシュタイナーの主著のひとつである「自由の哲学」を読む会が始まったのです。このとき研究会の名を「みかえるの会」と名づけました。カタカナでミカエルと表記せずにひらかなにしたのには意味があり、日本語の「み」という音には神的な存在をあらわす言霊があり、それが帰ってくる、という意味にも取れるということから、こう命名されたのです。それからというもの毎月少なくとも一回鎌倉の先生宅で「みかえるの会」が開かれました。いつも終電まで会が開かれ、毎回8時間くらい「自由の哲学」のみならずいろいろな霊的な話を窺うことができ、その雰囲気があまりにも濃厚で帰宅の電車の中でもまだ震えていたことを想い出します。
 「みかえるの会」では時折レコードコンサートが開かれ、各人がこれぞという一枚を持ち寄り先生の趣味でもあった最新のオーディオ装置で聴いたものです。先生はクラシックのみならずロックやジャズにも詳しく、その造詣の深さにはいつも驚かせられました。それどころか森進一や梶芽衣子の演歌のフアンでもあり、私も音楽のジャンルの偏見を克服する良い機会となりました。今回リリースされたCDにも演歌のスタンダード曲が入っていますが、その情熱のこもった演奏の息吹に心を熱くされる方も大勢いることと思います。「みかえるの会」のレコードコンサートでは一曲一曲を目を閉じて、まるで瞑想をするかのように耳を傾ける高橋先生の姿が皆の「作法」となり音楽付き座禅会のような不思議な光景となっていました。また、あるとき私が持参したクラウス・シュルツェのLPのライナーノーツを先生が読み、そこにシュタイナーのことが書いてあることに興味を持たれ、後にそれを書いた間章と深い関係になられたことは運命的な出来事であったと思います。そんなことから「雪が降る」と「枯葉」は、夭折された間章への鎮魂歌ではないかという想いで傾聴いたしました。
 「みかえるの会」で私が学んだことはあらゆる偏見を超えて人のみならず物事すべてと出逢うということに尽きます。それが本当に自由になることの第一歩であるのです。シュタイナーの人智学は、人間が真の自由を得る為に存在し、己の行為に愛情があるのならその行為のすべては倫理的である、という「自由の哲学」の倫理的個体主義の中にその本質があるのです。そのことを色々な角度から高橋先生は御自分の体を張って教え続けていると私は感じております。「霊的」であるということは「命がけ」で物事を行うことであると、以前先生から教えて頂いたことがありますが、人智学にも、シュタイナーの翻訳や自著や講演会のみならず朝鮮語や音楽、そしてハーモニカやジャズピアノにも命がけで取り組む高橋先生の姿に、まだ実現されていない、本当に自由になった未来の人間の姿を見るのは私だけでしょうか。
 自由であることはしかし骨の折れることです。だからたとえ人智学徒であっても教条的にそして保守的になりやすい危険が常にあります。そんな中、自由であることを体現するために多くの修羅場を体験され、命がけでシュタイナーの精神を実践されている高橋巖先生に感謝するとともに、このハーモニカ独奏集が存在することによって、いつでも「自由の息吹」に触れることが出来ようになったことに大きな喜びを感じております。

高橋巖にとってのハーモニカ | 松本順正(シュタイナー精神医学)

 ルドルフ・シュタイナーは生涯に6,000回の講演をしたと言われています。その当時、録音技術はあったのですが、一つとしてシュタイナーの生の声を録音したメディアは今は存在しません。そして不思議なことにシュタイナーの講演を直接聞いた人もシュタイナーの死後、声を思い出せないということが言われています。
 今回、高橋巖のハーモニカの録音が能勢さんの協力により現実になったことは非常に興味深いことです。高橋巌の講演のテープは私も持っていますが、演奏したものを今回残すことができたことはとてもうれしいです。G.I.グルジェフのバンドネオンの演奏は昔聴いたことがあるのですが、今回の録音はそれに匹敵するものだと思います。
 高橋先生は実は多血質なんです。家に遊びに行くと講演でしゃべっているのとは感じが違って、これでもかと本を持ってきたり、「これはこうなんです。」というふうに次から次へと資料を持ってくるような人なんです。
 シュタイナーは講演をする時、ずっと宙を見て"死者たち"に語りかけるようにしゃべったり、何か降ろしてくるようなしゃべり方をしたそうですが、高橋先生の講演もある種の精神状態によってしゃべっていたと思うんです。
 ある講演録のテープで、その講演の最後の部分が撮れていないことがあり、テープ起こしをした人がその最後の部分を高橋先生に書いてもらうように頼んだのですが、驚いたことに書けないって言われたんです。その時の雰囲気でしかしゃべれないので、どうしても文字にはできないみたいです。
 他にも、2000年に尾道市立美術館で開かれた『龍の國尾道・その象徴と造形』展の時に、龍について原稿を依頼したら「今は書けない」って断られました。それでもう一回電話して、「喋ってくれ」と頼んだら、喜んで引き受けてくれました。
 キリスト教のカトリックの考え方の狭さという所から話が始まるのですが、その時は2時間ぐらい立って話をしてくれました。高橋先生の講演回数は1,000回したのか2,000回したのかわかりませんけど、そのぐらいの単位ですから、ずっと喋ってきたんです。
 そして声を出すということを一番楽器として表現できるとしたらハーモニカだったのだと思います。京都で講演会があった時に、「先生、これから京都駅の前で演奏したらどうですか?」という話をしたんです。「先生、別に逮捕されてもいいじゃないですか?」って言ったのですが、「ちょっとそれは恥ずかしいです…。」と言われたのが印象に残りました。
 高橋先生にとってハーモニカというのは自分の感情などを表現するのに一番いい楽器だったのではないかと思います。リクエストがあればいろんな所で演奏するそうですが、それを録音といういう形で残すことはとても大事だと思います。
 最後に、高橋先生を一言で言うとなんなのかと、私なりに考えてみたのですが、『ファウスト』を訳した森鴎外以来の日本がドイツ文化受容の答えなのだと思っています。

【聞き取り:嘉ノ海幹彦 採録:向井宏志】

高橋巖さん | 能勢遊神(P.A.エンジニア)

レコーディング当日、高橋巖先生は奥様を連れ添っていらっしゃいました。
私は高橋先生に初めてお会いすること、ハーモニカの独奏を録音させていただく事にも大変緊張しておりましたがお二人の和やかなムードにそんな緊張は無くなりました。

ライブハウスは居心地の良さよりも、防音と耐久性を重視して出来ているので殺風景な場所です。この空間で緊張してしまわれるといけないからと、母が香りの良い百合の花を飾ったりして先生が来られる準備をしていたことを覚えています。

合計8曲レコーディングしましたが、1曲につき最低3回くらいは演奏していただいたように記憶しております。私自身、ハーモニカの録音をしたことはあるのですが、ハーモニカの独奏というレコーディングは初めてでした。CDを聴いて頂けると伝わるかと思うのですが、ハーモニカ1つであれだけの演奏をするのは見た目よりも大変です。息継ぎする箇所が少ない曲もあるのでとても体力を使う楽器です。80歳近い高齢ですから疲れていない訳はないと思われますが、「しんどい」とか「かなわないなぁー」といったような、そんな些細な疲れを口にすることも見せることもなかったのです。休み休みではありますが、レコーディングに要した時間はおおよそで10時間以上はかかったと思います。

終わって思い返した時、高橋先生の体力と気力にはかなり驚かされました。穏やかさが10時間以上も続いたという事です。

私はこれからその秘密を高橋先生と共有した時間を入口にして、シュタイナーの中に見つけていくような気がします。レコーディングの日からしばらく時が経ちましたが、高橋巖先生と一緒に作品を作るという仕事ができて幸せを感じております。

ムジック・パラクレート | 能勢 伊勢雄(PEPPERLAND主宰)

 今日まで様々な人間の共同体が存在してきた。人類の歴史は幾多の共同体を夢見ては生成消滅してきた歴史である。それぞれの共同体が抱いた理想社会の背景には共有されたビジョンがあり、これを共同体が持つ靈的実体と呼んでも差し支えは無いと思う。
 例えばシナルキー、千年王国、ファランステール、フリーメーソン、イルミナティ…と呼ばれた、今日では失われた、あるいは失われつつある"人類の理想社会"を称して「ユートピア」と呼んできた。しかし、理想の共同体の夢は未完のまま霧散したのが実情ではないだろうか? だが、これらの共同体の理念や靈性は微かな残り火として私達の記憶の内に残っている。
 近年では21世紀の重要な文化的基盤を築いたアスコーナのモンテ・ヴェリタの共同体が思いおこされる。そして、現代人が帰属している社会もまた"資本主義"という一種の共同体に他ならない。この共同体も綻びが多く見られ問題点だらけであることは周知の事実だ。人類が幸せに暮らすことが可能な、新たな理念が必要とされ、新たな共同体の模索が始まっている。このような視点から見れば、人智学もルドルフ・シュタイナーの神秘学をベースにした一つの理想共同体概念だと言えよう。
 このCDは高橋巖という生涯を人智学に捧げた研究者が、人智学的共同体が保持した靈的世界からのアストラル・プロジェクションを音楽を通じて開示したものである。それはさながらドイツ・ロマン派が自然界の荘厳さから教理を受け取っていったように…。
 権力を持たない「非力な音楽」が成せる技は、音楽の靈性を通じて今日の我々が属している社会の(あるいは理想とする)共同体の靈性を更新するものだ。このとき音楽は個人の感性に働きかけ社会を変革する力を発揮する。しかも、最深部から社会に力を及ぼしていく。そして音楽はその時代の諸芸を含めたエネルギーを集約し、人を支え、慰め、勇気づけ、導いていくものとなる。クラシックからテクノまで、多種多様な音楽が奏でる靈性とはこのことだと思う。音楽とはそういうものだ。
 この意味で、芸術の使命とは今日の社会を刷新する共同体の靈的ビジョンを観取させることに尽きる。それはかつて、グルジェフが演奏した「HARMONIC DEVELOPMENT (BOOK+CD), IMPROVISATIONS (CD)
」(BASTA30-9115-2)や、ルドルフ・シュタイナー著作集271巻の朗唱をドビュッシーの演奏と共にクロス・フェード収録したCD(RUDOLF STEINER「Das Wesen der Kunste」R.S.H.NR.11)作品の"響き"がもたらすアストラル的ビジョンと、この高橋巖氏のハーモニカ独奏の"響き"の中で感じるビジョンに共通したものがあると感じるのは私だけだろうか?
 個人の生活単位に属するアストラル世界と社会を結合するオイコスという共同体概念は、宇宙と人間のより深い調和をめざした一元論的視点から19世紀ドイツの生物学者ヘッケルが造語として作り、その影響はバッハ・オーフェンの著作『母権論』にまで連なる。そして、オイコスの問題は今日まで共同体環境を問題視する言葉として用いられてきた。
 ハンナ・アレントが古代ギリシャに求めた社会。国家と個人の生活を繋ぐ個的な内観世界への再注視である。そして、現代において内観世界が社会に向かって直接機能する代表的世界は"芸術の世界"にある。このことは高橋巌氏が慶應義塾大学で美学者としてスタートしたことと無縁ではない。そのためには、生活に最も近い境域であるところの公共圏とかかわり、公私の区別が曖昧になる"世俗"の領域へと意識を降下させる必要がある。ここに、都はるみの演歌が演奏され、また、高橋巌氏が韓国の人智学運動にも情熱を傾けた理由と、被差別部落出身の作家・中上健次が都はるみの「在日性」を取りあげたこととが深く関連している。このような幾重にも重ね合わさったレイヤーを透かし見てくると、このCDの選曲意図がおのずと理解できるのではあるまいか? それは都はるみ論を書いた中上健次が『紀州』のルポルタージュで語ろうとした「根底に歴史の闇を持たない文化は活力を喪失する」ことへの警鐘である。
 絶望の極みにまで繋がる精神の深みの闇。この闇と向き合う個を通じてのみ靈的"気付き"が始まる。しかもこの"気付き"をもたらすものはブルックハルトが『ギリシャ文化史』で説いた意味での"アゴーン"と呼ばれたものに近い。実利目的から遠く離れた気高い魂の持ち主が感じる最も優れた力でありながら、我が国で例えるなら、草莽が己が生きる道を"しきしまの道"として感じ取ったようなローマ時代以降消滅しつつある儚い力である。それはノヴァーリスが"予感を内包した戯れ"の中で観取した魂への儚き作用を介して感じ取った力だ。そして、このCDのサウンドにはこのような"気付き"を促す儚き作用が宿っている。この点を逃さず聴き取って欲しいのである。これはまたドイツロマン派が重視したものであった。
 そして、この"気付き"を介して、ゲーテが語ったプレグナントな観念の形成を培う地点へと出遊するのである。高橋巌氏は人間の内面を対象化するフロイトの根底に、ゲーテの思惟の特徴が存在することを見抜き「観念が形象に転化し、諸形象が結びついて特定の形状を作る」というプレグナントな一点が在ることを明らかにした。それはまさしくフロイトが語った「夢の場合であろうと、芸術作品の場合であろうと(略)有機的生命の営みの中に見出せる」という作用をもたらす一点のことである。しかも、このプレグナントな点に直接働きかける力は諸芸によってもたらされ、ユング終生の課題であった能動的想像法を経て「私」自身とめぐり逢うのである。
 ヨアキム・ディ・フィオレによって告げられ、カンディンスキーをはじめとした1920年以降に顕著に顕れた抽象芸術衝動は、ダダやバウハウスを含めたあらゆる表現活動と生活を変革したモダニズムの動向を産み出していった。この時代に個人の靈性に向かい合ったユングやシュタイナーが出現し活動を開始したことは決して偶然ではない。ヨアキムが予告した時代靈の動向は「聖靈の時代」における個人が靈性に目醒めるための天使的な介助役として絵画、音楽、映像…等の世界にメディア・パラクレートとして顕現したのである。そして特に音楽が内観世界に直接機能する時代を迎えたのである。これらのことを70年代にいち早く指摘したのが高橋巌氏であった。
 それは「相対主義を離れた歴史主義はあるのか?」というマイネッケの問題意識から始まり、「歴史的生は無感覚な自然や単なるエゴイズムを踏み越えて更に高次の世界へ向上しようとする魂の力が働いている」場所としての"個体"を論じた高橋氏の修士論文『ノヴァーリスに於ける個体主義の成立』(1952)を契機とし、個人が内的に靈的なパラクレートを受け取るために"感性を変える"必要性が要請された。そうなると、その個的な靈性の目醒めをもたらすパラクレートを個人が受け取る世界は"世俗"と呼ばれてきた境域(生活の共同の場)が最も重要になってくる。
 1961年に開催されたローマ公会議の「議定書」で早くも予見したように、全共闘運動の勃発や9.11事件、各地で頻発するテロなどは、このフィリスターシュタント(世俗世界)で起きたシュチアシオニズム的な靈的雛形が現界に働きかけたものであるという視点からも併せて考えてみると、共同体の破錠の原因はより鮮明なものとなる。(もっともキリスト者共同体の司祭・小林直生氏が指摘されるように、カトリックと異端の問題であるところの、つまり靈的支配による世界制覇と個人の靈的覚醒との戦いは、キリスト教の30年戦争を契機にマニエリスムやシュタイナーの時代を経て、今日の問題にまで繋がっている問題だが…。)
 音楽のメロディーは感情の起伏を描き、調性(響き)は共同体の意識を支え全体の楽曲世界を構築する。このことは響き(調性)がもたらすものはある種の世界観であるといえる。このCDを制作するにあたり最重要視したのは高橋巌氏のハーモニカの"響き"であり、この"響き"がもたらす人智学的共同体のビジョン(靈性)を音で記録することであった。現在、音楽のエッジはFack Botanやasutoral social club,Groing,Black to Comm…などのユニットに認められるドローン(通奏音)の"響き"を多用した音楽動向に表れている。このような傾向を見ると音楽シーンが"響き"を介して靈的共同体の世界を再び喚起させようとしていることが良くわかる。古来から継承されているドローンという音楽形式をエレクトロニカを経過したサウンド・クオリティーでミックス・アップしたこれらの作品を見ても、ポスト・モダンを経過した音楽の最前線が意味していることは、かつてヘルダーが述べた「発展の思想はまず、統一の思想」でならなければならないという靈的な共同体帰属意識(カルマ)の必要性に再び"響き"を通して気づき始めているといえよう。
 それは、最近では北山ひとみ氏が率いる二期倶楽部と武蔵野美術大学教授・新見隆氏が数年前から共同で開催している「山のシューレ」(モンテ・ヴェリタを想起させる)で目指している芸術共同体構想とも通底するものであり、かつてのハンザやギルドと呼ばれたものの系譜にあたり、アルニムとブレンターノ、ヴェルナーを経て「学問的共同生活」を書いたシュライヘルマッヘルの大学構想の原点にまで遡ることは言うまでもない。このような意味から言ってもLive Houseという"気付き"を促進するために"感性を変え"ていく現場から高橋巌氏のCDをリリースすることの意義を理解していただけるものと思っている。その上で願えれば、かつて存在した共同体のビジョンに再び目を向けた、ゲーテ以降のロマン主義的靈性を呼び醒まし、プレグナントな焦点を結ぶ作品としてこのCDを聴いていただければ幸いです。
 最後に、このCDを制作するにあたり、東京から遠路岡山にまでレコーディングに出向いていただいた高橋巖夫妻。ならびに、このCDに素晴しい原稿を寄せていただきました、クリステン・ゲマインシャフト司祭・小林直生氏、シュタイナー精神医学・松本順正氏、そして、販売協力を快諾していただいた涼風書林の内田純一氏をはじめとしたスタッフの皆様に感謝の気持ちを捧げます。