あっ、という間の35年間。長い道のり35年間。

2009.12/31 - 年末ライブ終了後のPEPPER LANDにて今年のペパーランドのテーマは「35周年」という内容になりました。『ウォーホールE.P.I.』という映画がある。映画の中でルー・リードや、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドが、サイケデリック照明のライト・ショーとともに、パフォーマンスやメディア・アートと一体となったミックスド・メディアの状況が捉えられていた。その映像を見た映像作家でもある能勢伊勢雄が映写設備を兼ね備えたLive House PEPPER LANDを始めました。そしてこの空間で音楽だけでなく個人映画、実験映画、詩の朗読、地下演劇、舞踏、絵画展…等の表現できる場としてPEPPER LANDを展開してきました。私を始め、歴代のStaffはみんなその精神を受け継ぎ育ちました。この35周年祝辞コメント特集には音楽の現場のPEPPER LAND関係者以外に、伊勢雄が携わってきた美術館企画、個人作家、講演活動などの、個人的に発信し続けて来た各界の方々からコメントが届いています。例えば一見世界が違うように見える、漫才師のおかけんたさんからコメントが来ているのを見ても、出会いの不思議さを感じます。忙しく多岐にわたり活動している能勢伊勢雄が、全てのBandさんのLIVEを見る事は難しいのです。しかも、見たLIVEの中で話をするBandさんの数はもっと少なくなります。しかし、JAPAN-狂撃-スペシャルのDr.かー君のコメントにあるように、自分から伊勢雄に接近していくのは冒険気分が味わえるかもです。最近私は現場で仕事をしていて、今まで以上にバンドマンと話すようになりました。「能勢慶子の絵日記」というブログを頑張っているのがきっかけになっていることもありますが、バンドマンの平均年齢が上がってきたこともあるのかな?…と思います。若い人は「何か言われる、怒られるのではないか…」と傷つく事を畏れていて会話になりにくいけれど、でも自分の経験値(年齢)が上がってくると自分に余裕が出てきます。そういう事なんじゃないのかな?このように、この頃私は若い人との年齢差を感じつつ、ラフに溶け込んでいる自分を感じて、ますます現場が楽しくなる予感がしています!そしてPEPPER LANDスタッフも何時も全力で意識と体力を使い現場をこなし、個性ある企画をして支えています。その様子を見ているのも仕事の楽しみです。今でこそ楽しく仕事ができていますが、ライブハウスの黎明期には経営的にもその他色々苦難もありましたが、歴代のStaffの協力と活動していたバンドさんの協力でここまで来れました。重ねてこの場で『ありがとう』を伝えたいです。

さて、この紙面にコメントをお願いしたタイミングが、このパンフレット編集が始まってからでした。時間に余裕が無い中で、原稿を書いて下さった方々がほとんどだったと思います。ですが最終的に268人からの方々にコメント頂きました!!(ノ゜O゜)ノ そのコメントを読ませて頂いて、笑えたり感謝したり、忘れていた事などを思い出したりして楽しい時間が持てました。「本当にたくさんの方々に支えられているのだな…」と、実感出来ました。この文章を最後にパンフレットが出来上がるのですが「ああ...あの人にもコメント貰いたかった、あ!あの人も...」と、いう感じです。しかし、準備期間を持って進めていたらこの紙面だけでは収まらなかったかもしれません。忙しい中でコメントを書いて頂いたことを思うと、感謝の気持ちと申し訳なさで頭が下がります。本当にありがとうございました!最後にこれからの年月のことを思っています。「年齢で言うと35歳、これからですね」と励ましてくださる方、こんなに長く仕事をしても本当に「これで完璧」なんて無くて、「ああしなきゃ、こうしなきゃ…」と感じるところがまだまだあります。これからも気さくに「一緒に行こう」精神でみんなと行きたいと思います。ヾ(~▽~;) 色々な入口があるPEPPER LANDをこれからもよろしくお願いします。【2009年年末ライブパンフレットより転載】

ペパーランドブッキングマネージャー : 能勢慶子

さあ胡椒帝国ペパーランドが35周年を迎えた。有り難いことだ。ひとえに能勢伊勢雄の淡々たる執念がしからしめたもので、さすがにその一座建立の構想には一点の曇りもなかったわけである。¶騒然として集約的なること、多様にして一途たらんこと、言葉でそう綴るのは容易だが、そのポリシーを35年にわたって連打して、かつ支配も放縦も許さないトポスを維持するというのは、並大抵ではない。¶加えて、二つのことを称えたい。ひとつに、あの細字の通信が当初の器量のまま、いっさいの動揺や躊躇を見せることなく続いたことだ。これはメディアに携わったことがある者にとって、おおいに驚異としなければならない。ふたつに、夥しい数と質の遊会が開催され続けてきたということだ。たしかにその初回こそ、オブジェマガジン「遊」のスタッフの優雅な襲来にもとづいていたものの、そこから先のすべての遊会は能勢流だった。これまた有り難いことである。¶ある日ある時のある一隅に始まったペパーランドは、こうして津々浦々に振動と共鳴をもたらしてきたのだった。いまや、それらは多様多彩なブーメランの束として、再びペパーランドに舞い戻ってくるにちがいない。さらに有り難いことである。
編集工学研究所所長・イシス編集学校校長 : 松岡正剛

はや35年にもなるのですね。ぺパーランドが誕生した時、小生は高校生でした。多感な少年にとって【胡椒帝国】という呼び名がぴったりきて…ポスター&チラシ…珈琲の味に痺れ…未知なる摩訶不思議な世界の扉を開けてくれる場でした。能勢氏との本格的な出逢いは後年、映画を通じてでした。東京と岡山を往復しながら、映画鑑賞会という自主映画の上映団体に携わっていた82年。会場ホールに35mmの映写技師としてバイクで駆けつけ颯爽と現れる氏。氏の暖かくも厳しい助言・支援がなかったら上映会は成り立ちませんでした。映画鑑賞会の上映作は今ではメジャーの仲間入りですが、当時ペパーで上映される作品群は、実験映画とかカルト・ムービーと呼ばれ、岡山の地で上映されることは稀でした。特に60年代の映画の歴史的意義価値を解読し解説しえる映画人は氏をおいてなく、まさにぺパーは実験映画のメッカでした。もちろん、御自身も60年代と70年代を繋ぐ実験映画の旗手として、氏の監督された映画は近年ますます評価を増しているのは自明の事。時代の先鋭さをドキュメンタリータッチで描いた氏の卓越した演出力は、映画に対する造詣の深い知識と実践がもたらした結晶として、時代、世代を超えて今を生きる我々にも鋭く迫り痛みをつきつけてきます。ペパーで開催された上映会では…ケネス・アンガーの『ルシファー・ライジング』、ハワード・ブルックナー『バロウズ』、ブラザーズ・クェイの『ストリート・オブ・クロコダイル』、鈴木清順シンポ等が印象深い。90年代、小生は演劇の世界に身をおくようになり、氏の勤める映画館の映写室を訪ねるか、書店で遭遇するばかりになり、ペパーからは遠ざかってしまった。それでも時と場を選ばず、彷徨のわが身の時に…叡知の巨人は教示し手を差しのべてくださる。演出家メイエルホリドの名を氏が口にされた瞬間は今でも忘れられない…。昨年、ペパーの『遊会』に久方ぶりに参加しました。熱気と紫煙にあふれ…いつしか夜が明ける…まさに昔のまま。改めてペパーとは…能勢氏の本物を選びとる慧眼にあふれた場。カルチャーにはジャンルはあれど…サブはなく…すべてが絡み合う王道であると痛感させてくれる場です。小生が今なお少年のように多感でいられるのは、長年にわたり刺激と安堵をあたえ続けてくれる…知と情の師に出逢えたおかげ。かけがえのないわが師の【胡椒帝国】!!永遠なれ!!35周年おめでとうございます。
演出家 : 東敬一

35周年記念コメント¶¶●新たな"共同性の地平"を求めて¶能勢伊勢雄さんとは、私どもで実施しているサマー・オープン・カレッジ「山のシューレ2009」に講師としてお招きしたことで、一層お付き合いが深まりました。¶サマー・オープン・カレッジのプログラムのひとつとして「山形国際ドキュメンタリー映画祭‘95」で選出された作品「共同性の地平を求めて」を上映くださいました。¶作品は、大学紛争中の、岡山大学ドイツ語教師萩原勝へのインタビュー形式のドキュメンタリーで、カメラは、萩原勝という対象をゆっくりと捉えながら、次第に萩原勝から自らの内面をも見つめるようになり、「撮る側」と「撮られる側」との逆転を起こします。¶大学紛争そのものが問うた市民社会の根源、そして2人の関係性を通じて、冷徹なまでに真の人間の生き方を追究した映画づくりには、尊敬の念を禁じえませんでした。¶¶その紛争のあった岡山大学の目の前にライブハウス「ペパーランド」を主宰して35年。¶「音楽」の枠を超えて、さまざまなジャンルの表現の場である「ペパーランド」は、能勢さんの思い描く、いくつものの思想が渦を巻いて、常に新しいものを創りだし、育ててきたに違いありません。¶岡山という地方都市を中心にした、その永年にわたる幅広い活動には改めて敬服いたします。¶¶写真家、映像作家、コンセプチュアルアーティスト、1人の思想家として、時間と空間を縦横無尽に横断しながら紡ぎだした、能勢さんの活動は、方法は違っていても「人と人」、「人と自然の関係」、そして「現代の私たちにとって芸術の持つ意味」を問うもので、私どもの活動に重なることがたくさんあります。¶¶「山のシューレ2009」、今年もいくつもの素敵な出会いをいただきましたが、"能勢伊勢雄"という同志に出会えた、そんな思いをも抱いています。¶今夏、期間中にふと垣間見せる、能勢さんの柔和なまなざしは、まだまだよちよち歩きの「山のシューレ」を温かく、それでいて厳しく見守ってくれるようでした。¶35周年おめでとうございます。
株式会社二期リゾート 代表 : 北山ひとみ

PEPPER LAND 35周年おめでトイス!!!!¶僕達はPEPPER LANDでライブをするのと、能勢伊勢雄さん、慶子さんと話をするのが、毎回ツアーの楽しみなんです!¶また面白い音楽を色々教えて下さいね!!¶PEPPER LAND大好きです!!これからも宜しくお願いします!!!!
POLYSICS : ハヤシ

2006年に、私が所属する新宿の photographers’ galleryは、《PORTOGRAPH》と《スペクタクル能勢伊勢雄 1968-2006》という能勢さんの二つの展覧会を開催した。そこで私は、氏の博覧強記ぶりと体力を知った。岡山県にはほんとうに鬼が住んでいる、と思った。こんな人がいると、希望が沸いてくる。
写真家・photographers'gallery : 北島敬三 

35周年!¶クラフトワークのradio-activityとほぼ同い年!¶おめでとうございます
電気グルーヴ : 石野卓球

Noses Name kannte ich von Frueher her, galt er doch als einer der fuehrenden Koepfe der Antroposophie in Japan. (Ich selbst war 11 Jahre in einer Waldorfschule).Zufaellig hatte ich das Glueck Iseo Nose vor drei Jahren in der Kultbar "Synergy" in Okayama kennen zu lernen. Da war dieser sympathische pfeiffenrauchender Herr,der gemuetlich in der Ecke sass. Sofort wurde ich einer seiner Freunde seines legendaeren Liveclubs "PEPPER LAND", und nahm auch manchmal Teil an interessanten Gespraechen. Ich war beindruckt von Iseo Noses weltumspannenden Netzwerk von Persoenlichkeiten.Im letzten Jahr hatte ich mit Iseo Nose an einer Gruppenausstellung zu von Rudolf Steiner beinflussten Kuenstlern in Tokyo teilgenommen.Seine Freunde umschreiben Iseo Nose mit folgenden Charakter Eigenschaften:「リスペクト、ミステリアス,オカルト、アカデミック,マルチ,音楽,写真、映像、やさしい、あやしい、友達」Damit wuensche ich Iseo Nose viel Glueck, Erfolg und Gesundheit.Caspar Schwabe, Dezember 2009
Lehrer an der Kurashiki University for Science and the Arts.Caspar Schwabe

訳文 : 【イセオ・ノセ:岡山の良き守護神】
能勢さんの名前は、以前聞いたことがありました。日本の人智学運動の指導者の一人として知られていたから(私自身、11年間ヴァルドルフ学校の生徒でした)。そして三年前、偶然、岡山のカルト・バー”Synergy”で、能勢伊勢雄さんと知り合う幸運がやってきたのです。バーの隅っこで、心地よさそうにパイプの煙をくゆらせている人懐っこそうな紳士、それが能勢さんでした。すぐに私は、あの伝説的なライブハウス「ペパーランド」の友人の一人となって、時折、興味深い会合に参加し、能勢伊勢雄さんの、世界中に張り巡らされた、人と人とを結ぶネットワークに深い感銘を受けました。昨年、能勢さんと一緒に、東京で開催された、「ルドルフ・シュタイナーに影響を受けたアーティストたち」によるグループ展に参加した時、能勢さんの友人たちは、彼のキャラクターを次のような言葉で表現していました:「リスペクト、ミステリアス,オカルト、アカデミック,マルチ,音楽,写真、映像、やさしい、あやしい、友達」この言葉と共に、能勢伊勢雄さんに、たくさんの幸せと成功と健康があることをお祈り申し上げます。
2009年12月 倉敷芸術科学大学教授 : カスパー・シュヴァーベ(翻訳:小林直生) 

35周年おめでとうございます。¶思い返せば、私が右も左もわからぬまま自主上映活動を始めた頃、映写機の扱い方やシステムを教えていただいたのが能勢さんでした。¶ペパーランドでの上映会も開催させていただき、その積み重ねが現在の自らの活動のみならず、若者をはじめとする様々な人の拠り所であるペパーランドの存在は大きな意義があります。これからも益々のご発展をお祈りいたします。
シネマクレール : 浜田高夫

映画『インサイド/アウトサイド』ではお世話になりました!¶ストリートで活動するアーティストを追ったドキュメンタリーとくれば、あの『X-COLOR』を企画した能勢さんに文章をお願いしない手は無い、¶ということでDVDのブックレットに収録する解説を書いて頂きました。¶文章ももちろんですが、何より圧巻だったのがあの遊図!¶ギンズバーグからANTICONまでを俯瞰したあれは、あるグラフティ・アーティストをして「何だか分からないが、とにかくすごい…!」と思わずつぶやかせたものです。¶これからも人を驚かせ続けてください。¶PEPPER LAND35周年おめでとうございます。
UPLINK : 上原拓治

「今」を徹底的に肯定する能勢さんはまさにスペクタクルだ!ペパーは決して古びない。なぜか。そこはすべてに開かれているから。そして「今」を刻もうと、常に新しくあらんと思う人が集うから。自由な空間は強い。心からそう思う。
新聞記者 : 石戸諭

PEPPER LANDを初めて訪ねたのは、僕が批評家として活動を始めて間もない頃のことだった。刺激的だった。日本に必要なのは立派な美術館なんかより、簡単には定義できないこんな場所なんだと教えられた気がしたのだ。それをきっかけに能勢さんとのお付き合いも始まり、磐座探訪から大本教の聖地巡り、そして『スペクタクル能勢伊勢雄』展に至るまで、要所要所で僕にとって転機となるような大きなヒントをもらい続けている。いわばPEPPER LANDの番外編だ。このディープきわまりない日本のなかで、PEPPER LANDは文化創出の脳や心臓ではないかもしれないが、確実に肺や腎臓ではある。そして肺や腎臓なくして人は生きられはしないのだ! 次の35年に向けてこの胡椒の園を再度吸い込み、そして排出せよ!
美術批評 : 椹木野衣

35周年おめでとうございます!!
東京都現代美術館チーフキュレーター :長谷川祐子

おめでとうございます!!!!¶仕事モードで行くことが多いのですが、¶PEPPER LANDでライブを観て、慶子さんと話をして、大阪に帰る新幹線の中はいつも忘れてたこと思い出して、いろいろ自問自答しています。¶岡山の素敵なアーティストのこと、また教えて下さいね!
ソニー・ミュージックエンタテインメントSDグループ : 仲村千穂

35周年本当におめでとうございます!というよりもむしろありがとうございます!という気持ちの方が大きいやもしれないです。初めてぺパーのステージに立って10年弱…、途中スタッフとしていさせていただいた時期もありました。僕にとってペパーランドは学校です。学校より更に学校です、うん。いつも色んな発見、驚きがある。感動がある。それは「生きる」そのもの。¶僕がペパーを卒業することは死ぬまでないです。だってペパーも僕もゴールのない旅の途中だからです。僕だって歌い続けますし。岡山音楽の故郷であり最前線、「ぺパーランド」。これからもよろしくお願いします!!
ghostnote : 大平伸正

35周年おめでとうございます!¶初めてペパーランドに足を踏み入れてから、もう22年も経つでしょうか。¶伊勢雄さんに初めて会った瞬間から知力と優しさのエスカレーターに導かれ¶また慶子さんはそれを丁寧にアシストしてくださり、お二人にはいつも父のように母のように接していただき感謝しています。¶詩人の血を育ててくれた大事な場所に、これからも益々のご発展を!¶では、また!
ex.詩人の血 : 辻睦詞

ペパーランド、35周年、おめでとうございます。¶怪人五百面相の能勢さんの、超ジャンル横断的、超時代錯綜的、世代交錯的活動に、¶いつも触発されています。¶能勢さんのような活動が、真の、永遠の、アヴァンギャルドだと、¶確信しています。
キュレーター、武蔵野美大芸術文化学科教授、二期リゾート文化顧問 : 新見隆

何年も、ご無沙汰してしまいました。¶皆様、ご健勝と思います。35周年、おめでとうございます。高校のころ入浸っていたころがなんとも懐かしいですね。気がつけば私も50歳も超え、青春も遠くなったと実感できるこの頃です。高校を出てから東京暮らしが今まで続いていますが、出発点はペパーランドだったように思います。¶次回、岡山に帰省した際は、お祝いに伺います。40周年も、50周年も頑張ってください。
(有)ディーエヌエークリエイツ : 水田善久

35周年おめでとうございます!これからも僕らの聖域でありアジールであってください。
陶芸家 : 荒川真吾

人生に例えると35年という長さはほぼ半分。その間、多くの人に音楽を通して笑顔や感動、ある時は涙も提供し青春を創り上げて来た事でしょう。音とはなにか?を追求するだけでなく少し変わった?ネットワークも構築し岡山のみならず日本中に影響力を持っているという事に、35年の継続に、その存在に、大きな尊敬を抱きます。これからPEPPER LANDは中年に向かいますが(苦笑)この素晴らしい人生を楽しんで下さい。35周年、おめでとうございます。
ブランニューメイド株式会社,アンダーグラウンドファクトリー株式会社 :代表取締役 石原尚

ペパーランド35周年おめでとうございます!¶出会ったのはここ数年ですが、明らかに他とは異なる磁力を感じました。¶オーナー伊勢雄氏の宇宙的な思考、パートナー慶子さんのおおらかな人柄。¶スタッフの人たちのやんちゃさ、そして驚異のサウンドシステム。¶そして、そこに集まる熱いパフォーマーたち。¶岡山だからこそできることをやっている、日本に誇るスペースだと思います。¶これからも長い道のりを、あたらしい力と融合しつつ、突き進んでいってください。¶感謝。
サウンド・クリエーター/レーベル「Terminal Explosion !!」主催 : AX

35周年、おめでとうございます。PEPPER LANDはまだ訪れたことがないんですが、「SPECTACLE 能勢伊勢雄」で、活動記録を拝読していらい、ずっと気になっている場所のひとつです。私は能勢さんの音楽に対する深い造詣と人間性に魅かれております。ひきつづき、東京から、能勢さん御夫妻の御活躍をお祈りしています。
飛鳥新社・書籍編集者 : 赤田祐一

35周年、おめでとうございます☆¶願いはただひとつ。ペパーランドが、いつまでもみんなの「ホーム」でありますように。50年、100年、その先もずっとです。¶そのとき今よりもっと温暖化が進行していたら、今は「手袋、マフラー、イヤーマフラー」が定番の冬ver.慶子さんが、フラガールの格好で「アロハー〜」って。妄想や、いと楽し。
タウン情報おかやま : 上田樹里

「プリミ恥部な世界」の世界tourは岡山からはじまった。PEPPER LANDを通過すれば、出口王仁三郎の霊に守護される。そして能勢一家の、終わりからはじまる宇宙35周年おめでとうございます。
プリミ恥部,樹ぴター : 白井剛史

思いがけずご案内をいただき、ありがとうございます。35年って、岡山の草分けですか?¶「写真」で、いろいろお世話になっております。一度お伺いしたいと思いながら、今に至っております。¶おめでとうございます。お互い頑張りましょう!
アサノカメラ : 中塚敏生

マスター、慶子さん、ペパーランダーのみなさん、35周年おめでとうございます。¶まだ道路側の窓が大きかったころ、授業をさぼって昼下がりにペパーでぼんやり座って曲を聴いているうちに夕暮れになり、店の中の橙色のライトの方が明るくなっていた。3番のテーブルが好きだった。¶藤原さん、丸山さん、河原さんがどうしているかは知っているけど、松尾さん、山岡さん、小林さん、川上さん、田中さん、山下さん、井上さん、どうしてるんだ!イェーってイエー!¶ライブ喫茶だったころ、特製カレー、ハムトースト、ココア、バナナジュース。そしてコーヒーが180円だった。コミュニティーノートは何冊まであるのだろう。慶子さんにもらったパンの耳だけで食いつないでいたこともあった。カウンターの向こう側のベビーバスに入っていた聖紅ちゃん、遊神君をみんなで見てたんだぜ。¶かわなかのぶひろさん、佐藤重臣さんとも会わせてもらった。¶ペパーでココアを作っていたこともあるんだ、ライブで歌ったこともあるんだ、僕の映画を上映してもらったことがあるんだ、僕の脚本が上演されたこともあるんだ、と妻に言っても信じてもらえない。¶でも、ジャンルを越えた表現の行き交う場所、ここから始まりました。そして、まだまだ続く。¶これからもよろしくお願いします。
「敦賀遊会」主宰 : 伊吹圭弘

岡山の地に広がる能勢ワールド。渦を巻く共同体は各地でうねりをあげ、遠く九州の一角にも伝わってきました。いわば「35」は「みごもる」年。また新たな息吹が発動することを楽しみにしています。おめでとうございます!
九天玄氣組組長/A&Q代表 : 中野由紀昌

草莽の道、35周年おめでとうございます。今もなお、増殖しているであろう新進気鋭、ぺパーチルドレンの皆さんに邂逅する事を楽しみにしています。
テクノユニットπ、敦賀遊会参加者 : 児玉一成

学年でいうと同い、ということは来年は寅年で年男?女?ですね。お互い健康でいたいものです。
彼岸 : 國光裕之

15歳からPEPPER LANDに出させて貰ってもう33歳。PEPPER LANDから演者として8年ぐらい足が遠のきココ最近またお世話になりだして多々思うのですが、PEPPERには他の箱とは明らかに違う空気感がありそれはまさに岡山のサブカルチャーの先端を担って来た風格だと思います。PEPPERほど音楽と人に優しく、そして皆から愛されてる箱はそうそう有りませんよ。今年はPEPPER返咲きリハビリの年です。来年からまた宜しくお願いします。
N-STYLE : 難波真人

35周年すごい!圧倒的です。なにがって、35年間こんな楽しい事をやり続けられている事が圧倒的です!楽しい事をやり続けるって決して『楽』な事ではないと思います。これからも是非一緒に楽しい事やり続けていきましょう!
LUNKHEAD : 小高芳太朗

ペパーランド35周年おめでとうございます!僕らが生まれる前から音楽を支え続けてくれたことに感謝です。昔からお世話になってるというのもありますが、やっぱり岡山はペパーランドです。間違いないです。これからも岡山を盛り上げていってください!
LUNKHEAD : 合田悟

ペパーランド、35周年おめでとうごさいます!いつも優しく温かく迎えてくれるペパーランドの音と人と景色が僕は大好きです。
LUNKHEAD : 石川龍

35周年おめでとうございます!ペパーランドの35年という長い長い歴史の中に僕たちランクヘッドも多少なりとも関わり合えたことを誇りに思います。これからも長い付き合いになると思いますが是非よろしくお願いします!!
LUNKHEAD : 山下壮

35周年ですか!¶凄い!¶「おぎゃー」と産まれた子がもう35歳!¶新しいハコが乱立する昨今、古き良きライブハウスがどんどんと姿を消して行く・・・¶本来のライブハウスの形でもあり、アーティストを育てるという概念を持ったハコがどれだけ残っているのでしょう?¶「PEPPER LAND」はその数少ないハコの代表格と言っても過言ではないのでしょうか?¶古くからアーティスト1人1人を大事にし、どことなくホームに帰ってきたような雰囲気のライブハウス。¶だからこそ、大きく育ったアーティストがココに帰って来たくなる理由がわかります。¶これからも変わらぬ温かい「PEPPER LAND」を期待しております。¶本当に35周年おめでとうございます!
西九条BRAND NEW : 代表 浅田 統也

35周年おめでとうございます!私たち渋谷La.mamaも今年で27年目。PEPPER LANDさんはお姉さん(お兄さん?)的存在です。『継続は力なり』と言いますが、重要なことは『どう在り続けるか』ということ。時代と共に音楽業界も大きく変わろうとしている昨今ですが、ここにしかない『ライブ』というものを作り上げて行けたら最高ですよね!お互いに日本の音楽シーンを盛り上げて行きましょう!これからも宜しくお願い致します。
渋谷La.mama : 河野章宏

能勢さん35年ですか〜。74年からということですね。凄いにもほどがありますねえ〜(笑)。初めて行ったのは下北沢屋根裏に勤めている時で、たしか92年だったかな。CLUB Queをやりだしてからは中々簡単にいけなくなったんですけど、行く度に強烈な思い出をインプットしてくれる大好きな場所なんです。ライブハウスの原点というか、高校生の頃に過ごしたライブハウスの空気に似てて、見知らぬ土地なのに居心地がいいんですよね。04年に映画を作って全国で上映した時もやらせてもらって、深夜からの上映にもかかわらず楽しくやらせてもらって、ほんとうに有難うございました。実はあの日、昼間は岡山TIサーキットでオートバイのレースに出場してまして、初めて入賞した記念すべき日だったのです。そのままペパー入りして、伊勢雄さんが上映のあとオートバイやヘルズエンジェルスの話を朝までしてくれて、超眠かったんだけど相当楽しかったです(笑)。ツアーに行くバンドは絶対演ったほうがいい!というかこういう生々しい場所を使わないと駄目よ〜!ぜひこれからもお元気で40年50年と変わらず続けていってください。僕らもあとから必死に追いかけますから…よろしくお願いします!35周年おめでとうございます!!
CLUB Que : 二位徳裕

ペパーランド35周年おめでとうございます。¶木造だった喫茶ペパーランドに通い始めた82年頃、ロキシーミュージックの新譜アヴァロンがパワープレイされてた頃。アルバイトでカウンターの中にいた夏の午後、お客さんは一人もいない時にかかっていたDurutti Column、ブラインドの隙間から照り返すまぶしい日光を見ながらきっとこの時間は忘れないだろうなと思いました。遊会が終わってお店の外に出たときの朝の空気、パンク全盛期の頃のアルバイト(ライブハウス独特の汗とヘアスプレーの匂い)、思い出される事はとめどなくあるのですが、やはり何といっても能勢慶子とチューンナップについて言及せざるをえません(勇気をもって)。¶慶子さんの歌声を初めて聞いたのは河原龍峰さんと二人のライブで「大きな待ち時間」という曲だったと思います。琴線に触れるというより本能に響いたという記憶で、今あらためてまた聞きたい曲でもあります。慶子さんのバンド、チューンナップに参加させて頂き、その頃はマキオズや金子マリのコピーがメインでしたが、慶子さんが書きためているたくさんの詩を見せてもらってオリジナルの曲を作りたくなりました。普通は楽曲を先に作ってそれに歌詞をあてはめて行くというセオリーの逆で、詩から音を連想するという作業が楽しかったのです。¶とはいえ例えばバウハウスのこの曲に慶子さんの詩で歌えばおもしろいじゃん、とかそういう稚拙な感じも含みつつでしたが。練習とかライブは恐ろしく楽しく、または楽しくて恐ろしいような、色々たくさんあるような気もしますが、ホント僕は生意気だったと思いますよ、ごめんなさい。鉄筋のお店に改築するために木造のペパーランドは巨大な蟹ハサミみたいな重機で取り壊されました。その時の光景がとてもパンクなイメージで自分の記憶に焼き付いております。¶「私が何をしたんなら」という慶子さんのつぶやきと同梱です。Paradigmの一節「幸せ、何が幸せ」は時々口ずさんでしまうメロディーです。また一緒にライブやりたいですね、よろしくお願いします。
元PEPPER LAND STAFF,ex. 詩人の血 : 中武敬文

総合グラウンドより岡山大学へと向かう道の傍らに、ひときわ強い磁力を放つそのお店はありました。¶恐る恐る扉を開けるとそこではアンダーグラウンドな実験映画、オルタナティブな音楽の数々、パントマイムや詩の朗読、そして夜を徹して行われる遊学の会など、めくるめく響宴がくりひろげられておりました。¶サイコロの様なカバンにどこで仕入れてきたのか、妖しげなレコードや書物をはちきれそうに詰め込んだその店のマスターは、それらの解説を始めると、その話はとめどなく続きPEPPER LANDの夜は更けてゆくのでありました。音楽、アート、思想などの、その起源から未来までをも引き受けようとするその店の姿勢は今も変わることなく、真空のような結晶のような、魔境のような、鏡のようなその店は今もありつづけているのであります。
ex.黒色エレジー,ex.肉弾 : 布下創一郎

35周年おめでとうございます。PEPPER LANDはいつも、"新しい事を始めよう"という気持ちにさせてくれる空間です。これからもよろしくお願いします。
Test Pattern : 村岡充

35周年おめでとうございます。¶単なるライヴハウスではなく、能勢さんを中心に、様々な音源や映像等を通し、新たなムーブメントを起こさんとする姿は、逆に都心部では絶対有り得ない「私塾」とも言えるのでは。そんなペパーランドがある岡山、羨ましい限りですね。
Acid Mothers Temple : 河端一

1999年7月、当時中学生だった僕は、PEPPER LANDのドアを初めて開ける。¶2009年12月、PEPPER LAND年末ライブのパンフレットに掲載する「35周年記念コメント」の文章を寄せる。¶今年で僕はPEPPER LANDに行くようになり10年が経過した(まだまだヒヨッ子と自覚しております!!!) 。10年という月日が経過したらさすがに、生活面や性格面、音楽の趣味趣向が変わったなぁと自分に対して思う。¶稀に、昔の僕を知っている人から、「オギ、ちょっと前まで中学生だったのになぁ」なんてたまに言われるが、「んな、アホな!」と思っている。人それぞれ10年の長さの感覚は違うんですな。¶人間は生きていれば、経験した様々な出来事はどんどん思い出に変わって行く(思い出したら思い出に成った。…というやつだ)。思い出を語り、ゲラゲラと思い出し笑いをする事が好きな僕は「もう、10年かぁ〜。色々あったなぁ〜。」なんてよく考える。しかし、なにやら今年でPEPPER LANDは35周年との事。頭が上がりません。PEPPER LANDの10年の長さの感覚はどんな感じなのだろう?¶『音楽』という一つの言葉を考えてみた時、人それぞれの解釈や音楽との向き合い方があるなぁと最近よく感じています。音楽で売れて一線でドッ!と活躍をしたい人、友達に誘われてなんとなくやっている人、音楽の魅力に取り憑かれて音楽にしか目を向けれない人、バンドをやってモテたい人…などなど。そんな中、PEPPER LANDから僕は「自分の感性・感覚を磨き、自分の感性・感覚を信じて音楽を続ける」事を学んだような気がします。なぜなら、そうじゃないと岡山にライブハウスという概念がない時代から今まで続けることは難しいだろうし、僕らみたいな若者が自分より40歳ほど年齢の離れた伊勢雄さんの話を熱心に聞いて、今までにない感覚を覚える事なんてないと思うので。¶PEPPER LANDから勝手に学んだ、ソレが今の僕の音楽との向き合い方の核になっています。¶「PEPPER LANDがもし無くなったらどうなるんだろう?恐ろしい!」たまに友人との間でこのような会話をします。こんな事を考えるという事は、僕らにとってPEPPER LANDとは...?¶様々な事で僕らを刺激してくれてモチベーションを上げてくれるPEPPER LAND。感性・感覚を磨いてくれるPEPPER LAND。自分の母親の知らない事を沢山知っている「岡山BANDマンの母親」がいるPEPPER LAND。¶...ん〜、簡潔に言うと、とても大切な場所です、PEPPER LAND。35周年大変おめでとうございます。45周年の時に今の事を思い出して一緒にゲラゲラ笑いましょう。
CYNIC-19,ATEOTO,厳状打破 : オギリョウタ

35周年おめでとうございます!¶ペパーがある岡山に生まれた僕はラッキーです!¶これからもよろしくお願いします!
MOCMOCREW : 大倉真輔

35周年おめでとうございます!これからもよろしくお願いします。毎日ペパーで構わない!
シンガーソングライター : ほりゆうじ

ペパーランド、35周年¶♪おめでとぉー♪¶能勢さん、これからも音楽からアートまでご指導のほど宜しくお願い致します。
漫才師・アート愛好家 : おかけんた

岡山の「智」の聖地は学南町にある。私の多くの部分は、そこで育み試し学んだ事で出来ている。¶ペバーランドよ永遠なれ!
悪の秘密結社ボス : 白神貴士

今の仕事に就く前よりも、実は大学時代のほうがペパーさんと関わりがありました。90年ごろ、よくカレーを食べに行ってました。また、当時住んでた超オンボロアパートの隣室には、ペパー関連のロックなお兄さんがお住まいでした。あれから約20年、なんとアパートは未だに健在です。ペパーさんも負けずにがんばってください!
元『タウン情報おかやま』副編集長 : 田中猛

岡山に来て、人生の節目節目にPEPPER LANDとのかかわりがありました。閉園間近の倉敷チボリ公園で、シュワーベ先生に能勢伊勢雄さまをご紹介いただき、新しいNPO設立にむかう私の勝手な思いを聞いていただいたこと。その数年前には、園内のエンターテイメントのご相談で同僚と共にPEPPER LANDを訪ね、能勢慶子さまにご相談したことも、なつかしい想い出です。¶365日を積み重ねて35回。そしてこれからも、そこにあること、その存在が、私だけでなく、多くのひとの道しるべになるのでしょう。PEPPER LAND35周年に乾杯!!
一般社団法人チカク 代表理事 : 赤木美子

ギター、エフェクター、エフェクターボード、ミニアンプ、スピーカー、マイク、シンバル、一斗缶、電ノコ、パソコンデスク、私。壊れたり、壊したり。¶10/35年ありがとうございました。これから先に、ありがとうございます。そして、おめでとうございます。
COME AGAIN 2 : 斉木和也

PEPPER LANDは宵闇のシチュアシオニスト達が漂流する一時的自律ゾーン。¶Lyricalでどこか陰鬱なThe Return of Durutti Columnの鮮烈な意味を初めて知った場所。¶僕には決して気楽に行けるところではない。¶文字通りPsychickな意味で何が起こるか分からない。¶常に破綻の覚悟しています。。。¶35周年おめでとうございます。¶これからもハラハラドキドキ!!!¶Spectacleを鑑賞させてください。
Rrose Selavy / Celine : 田中恵一

30周年記念のときはご一緒できてたのしかったです。ありがとうございましたm(__)m 50周年も100周年もあわせておめでとうございます!伊勢雄さんの写真作品、新作もたのしみにしております。
写真家 : 藤井弘

ペパーランドでは、いろんなコトやいろんなモノやいろんなヒトが、ペパーランドを通じてリンクしているように思えます。¶そんな器の広い場所であるペパーランドが僕は大好きです。¶ペパーランドさんには、受け入れることや認めることの大切さを教えてもらいました。¶「ダメ」はない。¶いつまでも原点を見失わないペパーランドだと感じます。¶最後になりましたが、35周年おめでとうございます。¶素晴らしい空間を提供し続けていただき、ありがとうございます。¶こんな素敵なライブハウスであるペパーランドには、これからも変わらずバシバシ活躍していってほしいと思います。
アマガミ : 福田拓哉

県外在住時に逆輸入的に名をよく聞いたPEPPER LAND。¶帰岡後に合流したdynamoにてPLAYHOUSEのATA氏を招いた2004年。¶能勢氏が関心と反応を示しているとの噂を聞きフライヤーを持ち込んだ際の慶子さんのウェルカムな御対応、その温かさは今も強く記憶に残っています。(初対面にも関わらずありがとうございました。)¶ともあれ35周年おめでとうございます。森繁死すともPEPPERは死せず。¶Dynamo rules , and PEPPER LAND rocks on.
dynamo主宰 : 副島隆

ポップ・チャートにオカヤマ出身者が少ないのはナゼだかワカルかい?ソレはね、岡山には「PEPPER LAND」がアルからデスよ!
Alternative Free Fanzine THE BONOBOS

え!もう35周年!?凄いですね〜。進化し続けるPEPPER LANDは、皆の集いの場所です。これからも在り続けてくださいね!!
ex.黒色エレジー,ex.OOIOO : harpyきょうこ

35周年おめでとうゴザイマス!¶35年の内30何年間かをPEPPERと生きてこれたことを誇りに思っていマス。¶50周年の時も歌っていたいデス。
マビキ団 : 河原龍峰

35周年おめでとうございます!¶いつ行っても磁場がちょっとおかしいような空気感が最高!¶ひょっとしたらジローちゃんだけなんかも?¶カオスなフロアはいつでも記憶に甦ってくるよ!¶ちなみに何軒か隣の自然食屋さんの醤油がべらぼうにうまいのよ!¶もう切れちゃったんで補充しに行きたいんだよな! 
RAZORS EDGE : ケンジレイザーズ

岡山の良心。素敵なハコであり続けてください!
MOGA THE ¥5 : マースケ

35周年、おめでとうございます。¶私共も今年で25周年を迎えましたが、もう10年と考えると心が折れそうです。¶ロック文化を取り巻く環境は常に変化していくものでしょうが、ともに頑張ってまいりましょう。
有限会社 円現舎 / ライブハウス マーカス 代表 : 村上慎治

この度は35周年おめでとうございます。
備前焼弟子 : 曽我尭

ライブハウスって、なんなんでしょう。きっかけは音楽。だけど、気づいたら、すてきな人たちとの出会い、新しい考え方、素直な感情などなど、たくさんのことを与えてくれる場所になっています。いつも迎えてくれて、ありがとう。身近にペパーがあることを、改めて幸せに思います!
LLIO副編集長 : 白川久美

ペパーランド35周年おめでとう!俺も来年でエレキギターを弾き始めてロックをやりだして、ちょうど35年だから、俺のロックとペパーランドは同じ年。¶あれは、くらくらするくらい、はるか昔のような,ついこの間のような不思議な感覚。¶どうせなら50周年目指して突き進みましょう。これからもよろしくお願いします。
Mt'デリシャス、レッドウォーリアーズ : shake

35年は凄いね。能勢さんも奥様も凄い!という事は三上寛も凄いという事だね(笑)ずいぶんご無沙汰なので、出演回数は若い人達に負けるけど「古い」という事では私が一番でしょう!70年代からのお付き合いですから!今後とも宜しく!ありがとう!
シンガーソングライター : 三上寛

グッド・イ〜ブニング!ペパーランド!!¶我バンドの母なる場所は35歳か…¶わしより遥かに若いがな(笑)¶今年は一回だけのライブでしたが、¶来年は我バンド結成20年の祝でお会いしましょ〜!
ESCALATERS : 加藤貴之

35周年、おめでとうございます!¶大学時代に『遊』誌上で「岡山遊会」を知り、ぜひ一度行ってみたいものだと思っていたのは、まだ宇高連絡船が現役だった頃でした。そして、実際に「岡山遊会」=PEPPER LANDに足を踏み入れる日はそれから意外と早く訪れ、私の期待は裏切られることなく、“世界”の扉がひとつ開いたように感じたことを、今も鮮明に覚えています。¶その後、瀬戸大橋が開通して岡山に通いやすくなったことも手伝って、遊会をはじめ、Video Hackingにライブにとせっせと通った時期があれば、仕事の都合でご無沙汰続き…ということもありましたが、不思議なことに、いつ訪れてもブランクを感じさせない空気がPEPPER LANDには漂っているように感じていました。¶常に、時代の最先端で起こっていることをキャッチし、それらの情報を発信している場であると同時に、一貫して変わらないものがあることを感じさせてくれる場…それが私にとってPEPPER LANDの最大の魅力かもしれません。それはまさしくPEPPER LANDを主宰してこられた能勢さんご夫妻をはじめ、活動を支えてこられたスタッフ皆さんの思いが結晶化しているからなのでしょう。¶訪れる人の心に働きかけ、自由に解き放ってくれるところ…そんなPEPPER LANDが、これからもますます発展していかれますよう、心から祈念しています。
臨床心理士 : 島津昌代

ダダがカフェ文化から生まれたように、最新のア−トはライブハウスから生まれると信じている。その意味において、ペパ−ランドこそがもっとも正しい新しいア−トを生み出す為の場だ。いわゆる、単なる生演奏を聴くためのハコとしてのライブハウスではない、多重空間としての、磁場としての器・ウツワこそがペバ−ランドなのだ。だから、ここではいままでにない音楽や映像や言語の構築に努めねばならない。われわれはそのことを肝に命じて、もっともっとこの空間を使いこなさなければいけない。そうしなければ最新のア−トは最新の世界は生まれてこない。そう自分に言い聞かせてペバ−ランドを使わせてもらっております。ありがとうございます。
美術家・歌人 : 田中浩一

35周年おめでとうございます。¶私がペパーランドに顔を出し始めて丁度一年半になります。油絵を中心に制作活動をしていて、路頭に迷っていたところ、伊勢雄さんに助けられ、遊会にVideoHacking、たまにライブも覗きに来るようになりました。全く知らなかったことや、知りたいけどなかなか触れられなかったことへ、どんどん視野が広がり深まっています。芸術という言葉の幅広さと、人とのつながりの大切さを感じさせてくれる。それが自分の制作からライフスタイルにも繋がっていく。気づいたら欠かせない場所になっていました。時に尻を叩かれつつ、暖かく守られつつ、でもやっぱり尻を叩かれつつ関わっていきたいと思います。¶35周年、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
洋画家 : 那須 由希子 (アーリー)

「岡山にペパーランドあり!」で35年!おめでとうございます!¶50年も100年ずーっと能勢夫妻についていきます!
ライブハウスベリエ プロデューサー : 渡部省吾

35周年おめでとうございます!伊勢雄さんと慶子さんにお会いしてから、今まで知らなかった世界を知る事が出来ました。¶いつもお二人には子供のように可愛がっていただき、本当に有り難いです。¶ペパーランドの方達の、人との接し方を尊敬しています。¶35周年…改めてすごい事だと思います!!これからもお世話になります!
ライブハウスベリエ ブッキング担当 : 志直純子

自分達は1987年8月にぺパーランドの初ステージを踏みました。ぺパーランドのライブ回数歴代5位には入っている事でしょう。あの特別な空間で何人の子供達が救われたでしょうか、あっ俺みたいな大人も、何時までもバンドマンの味方でいて下さい!いつもありがとうございます!
ニューロティカ : アツシ

ペパーランド35周年、おめでとうございます!¶一言では語れない思い出をありがとうございます。これからも末永く僕らのペパーランドとして在り続けて下さい!
ex. M.O.M. : 下村 さとる

ペパーランドさま35周年おめでとうございます。僕がペパーランドでライブやイベントの企画で出入りさせて頂くようになったのは1996年くらいからでした。それまではCLUBを中心に活動していた60's、GS、ガレージ、MODS系のイベントをライブハウスでも企画出来ないものかと思案していたときに快くご協力いただいたことで微力ながら現在まで続く岡山のシーンの一端を担えて来れたことは、アンダーグラウンドなシーンに理解を示してくれた伊勢雄さん、慶子さんがあってのことと感謝の念に絶えません。¶ペパーランドはライブハウスという形をとりつつも、芸術、文化の研究所であり、情報の発信地です。そして僕のように壊れたバンドマンにとっては保健室であります。岡山のアカデメイアであるペパーランドの益々のご発展を心よりお祈り申し上げます。
choux/carburettors : シュウ

「岡山といったらペパーしかないよね。」¶以前私がねこ虫というバンドをしていた折に、初めて回るツアーで岡山へ行こうということになった時、私は何の躊躇いもなくそう言った。メンバーも頷いた。いつからそういう考えがあったのかは覚えていないが、「岡山はペパー」それが私のベーシックになっていた。¶それから今まで幾度となくそこで演奏させて頂き、毎回そこにしかないようなアバンギャルドな出演者と出会い、刺激を受け、輪が広がっていった。慶子さんのライブ後の一言に胸を踊らせた。スタッフの可笑しさが優しかった。一度伊勢雄さんに写真を撮ってもらったことがあったが、撮影中「好きに歌ったらいいんだよ」と言われ、思わず涙がこぼれた。私の存在はペパーランドにとって、35年の歴史の中のほんの小さい点にすぎないと思うけれど、こうしてここにコメントを書かせて頂けることの誇りと有り難さを胸に刻み、これからもなんとかやっていこうかなと思っております。¶35周年、本当におめでとうございます。¶そしてご苦労様でした。¶ありがとうございます。
ミュージシャン / オルガン座主宰 : ゴトウイズミ

35周年記念、おめでとうございます。¶父親が通った大学のそばのこのお店で歌わせて貰ったことは、大変な喜びでした。¶また、歌わせて下さい。¶いい歌、東京で作っていきます。
パラダイスガラージ : 豊田道倫

岡山PEPPER LAND様。¶35周年おめでとうございます。¶はなはだ簡単ではございますが、これをもちましてお祝いの挨拶とさせて頂きます。
CLUB ROCK'N'ROLL代表 : 斉藤立

おれは岡山に行くたんびに思う。¶ここは実家だと。こんな暖かくてやさしい本当の意味でのパンクロックがあるライブハウスはなかなかないと思う。¶ペパーランドおめでとう!
BlieAN : Kenji-George(Vox/Ba)

バンド結成してまもないころから、ペパーにはお世話になりました!人柄に惹かれ毎回ライブをさせてもらってました。¶不況にまけず、素敵なアーティストと共に、これからも素敵なライブハウスでいてください!
Sunchago : さゆり

ペパーランド35周年おめでとうございます。¶17年前会社勤めををしてた頃、東京から岡山に転勤となり、知人も訪ねるところもない私を優しく迎えてくれたのが能勢さんご夫婦とペパーランドでした。今でも当時の事はよく覚えていて、とても感謝しております。¶岡山滞在中に退職しインド旅行を半年した後、Equinoxという野外音楽イベントを始め現在もその延長で仕事をしています。岡山での生活は人生の分岐点だったと今思います。¶お体にお気を付けて、今後もPEPPER LANDから色々なサブカルチャーを発信し続けて下さい。またお会いする日を楽しみにしております。¶
PS:Wakyo Recordsよりサイケ・スペース・ロックバンド「GONG」の結成40周年ニューアルバムを発売しました。ミュージック・クリップ「How To Stay Alive」は日本人のクリエイター「ムー℃マジック」が制作しています。是非その映像を弊社ウェブサイト(http://www.wakyo.jp)でご覧頂ければ幸いです。
WAKYO LTD アムステルダム支店 : 藤原康晴

ペパーランド35周年おめでとうございます。¶1994年。¶いまから15年前にスーパージャンキーモンキーが初めて登場した時に、確か夢番地の会報誌に能勢伊勢雄さんがレビューを書いてくれました。¶その文章は圧倒的に私の胸に突き刺さりまして、レコード会社の人に見せまくったりしながら、恥ずかしながらそれで初めて能勢さんの存在を知りました。¶あの文章、今は手元にないのですが、もう一度読みたいです。いや、あらゆる音楽ファンに読んでほしいなあ。どうにかなりませんか??¶また「ペパーランド」は私の一生愛するビートルズの物語上の国。ということは私はもうペパーランドから離れる事は出来ません。¶能勢ご夫妻、今後ともお元気にかつ変わらずプログレッシブに活躍される事をお祈り致します。アンド、こちらも負けないようにいいアーティストを生み出してゆきたいと思っておりますので、末永くよろしくお願い致します。
音楽アーティストマネージメント(有)サード・ストーン・フロム・ザ・サン代表 : 小林由紀夫

35周年おめでとうございます!¶アタシが能勢さんと出会ったのは4年ほど前のとても暑い日でした。¶手探りで喫茶店を始めたばかりのアタシの、内にあるものを外に放出させる起爆剤的存在かもしれない。¶SYNERGY73をオープンさせて3年がすぎ、ここでも多くの人たちが繋がり大きな力になっている気がします。¶5年10年と長く続けていこうと思います。¶これからもどーぞよろしく!!
SYNERGY73 : yuki

ぼくが初めてペパーランドに行ったのは1977年、ペパーができて3年目のことと思います。¶今も昔もけっこう人見知りをするほうで、初めてのときは緊張でよろめくようにお店に入ったのではないかと思いますが、これは実はよく覚えていません。¶それからたくさんのライブを見せてもらい、雑誌を置いてもらい、映画を上映してもらい、遊会に出してもらい、いろいろな話をさせてもらい、聞かせてもらい、ガロを読ませてもらい、コーヒーを飲ませてもらい、カレーを食べさせてもらったわけです。¶ぼくにとってペパーランドは何よりも、中3で聞いて以来恋い焦がれるようだった友部正人のライブを初めて見ることができた場所で、ジャックスを初めて聞いたのは能勢さんの「共同性の地平を求めて」の中だったし、ペパーランドがなかったらいまこのままの自分はいないということは、ほぼ間違いありません。¶35周年というと、つい「あれからどのくらい」と口ずさんだりしたくなりますが、30何年たっていま、またこのような場所を与えてくださったペパーランドに心から感謝したいと思います。
岡山遊会チューター : 中野真吾

まずは!PEPPER LAND35周年、本当におめでとうございます!実はPEPPER LANDの外壁の防音シートを職人として参加したのは、もう数年も前の話。¶35周年と聞くと本当に感情が動き出します。「何か」を作れる場所は次第と減りつつあるこのご時勢に¶35年もの間そこにある「何か」を発信し続けたPEPPER LANDさんに鬼リスペクトです。¶簡単ではございません。¶これからも人の一部に響く「何か」を発信してください、そして身近な人間でその「何か」に気が付きまた発信しましょう!!!これからもよらしくお願い致します。
trees/marker: 南波伸樹 

35周年おめでとうございます。表現者のフルサト=ペパーランドが、ますます発展しますように。
気づき経営コンサルタント : 荻野功一朗

35年というと、ルドルフ・シュタイナーの言う、「共同体」の成長のリズム5年間が、7回あったということですね。おめでとうございます。¶さぞかし色々な事があったことでしょう。これからも、日本の「スピリチュアル・アンダーグランド」、すなわち「霊的な礎」として、岡山から、インパクトのあるインパルスを発信し続けて下さい。¶陰ながら、いつも応援しております。
キリスト者共同体司祭 : 小林直生

ペパーランド35周年おめでとうございます!¶岡山を離れて5年ほどになりますが、大阪に居ても いろんなバンドからペパーでの思い出話などを聞くわけです。慶子さんのことなども、もちろんいろいろ聞くわけです。だから、なんか遠くに居ても全然寂しくなかったわけで。ほんまに助かりました。¶岡山のカルチャーを支えるペパーランドの名前が いつまでも日本中で聞けることを、心から願ってます☆また、顔出しますね。
㈱ EMI ミュージック・ジャパン ミュージックサービス本部 大阪営業所 宣伝課 :ヤマガミ サチコ

僕らにとって巨大な存在。いつか追い越せるだろうと走り続けて来たが、いまだに追いつかないでいる。そんなカッコいい先輩がいるからこそ、今僕らがここにあるのかも知れない。岡山文化の発信地"PEPPER LAND"35周年おめでとうございます!!
FANDANGO : 加藤鶴一

PEPPER LAND、35周年おめでとうございます!¶思えばPEPPER LANDさんの御温情なくして、アングラ系スキマ産業表現者である我々OLDFLAGの活動は考えられません。¶これからも懐の深い、それでいて最先端を走り続けるライブハウスとして、40周年、50周年、いやいや、いっそ100周年と、その歴史を積み重ね続けて下さい!
電脳音楽朗読ユニットOLDFLAG : 技術の1号・AIRHEAD&力押しの2号・ホムラ

初めてペパーランドのステージに立ったのは今のバンドを始めた丁度10年前…。あの日から今日までペパーランドのステージには一種独特なカオスが渦舞いていて、ステージに立つ度オレを呑み込もうとするんだ。¶そうまるでモンスター。¶多分それは35年という時間の中で様々なアーティストが吐き出していった、魂の重みなんだろうと思う。¶オレの魂もその一部となって、この先ずっと漂っていれるといいな…。¶あの薄暗くきらびやかなステージの上で¶おめでとうございます35周年
KETCHUP HEADS : サトウヒトシ

僕が初めてぺパーのステージに立った時の事は忘れてしまいましたが、いつももの凄く緊張します。演奏の事もあるのですが「俺ぺパーのステージでライブするんや…」と思うと「ちゃんとやらなアカン」と強烈に思ってしまいます。なぜなんだろう…。やはりこれが歴史の重みなのでしょうか!偉大なるぺパーランド先輩!35周年おめでとうございます。これからも何卒可愛がって下さいませ。よろしくお願い致します。
KETCHUP HEADS : Ba.天満新太郎

ロデオキャブレターです!!!¶35周年…色んなモノを見てきたライブハウス!¶そしてガレージの箱鳴りが、心地よくロデオにピッタリなライブハウス!¶こんな笑っちゃう時代にこそ汗臭く、リアルなライブハウスが輝くのですね!¶「ライブハウス」良い響きです!!
THE RODEO CARBURETTOR : 鍛治(Gu.Vo.)

35周年おめでとうございます。¶35年間に渡って岡山の、いや日本の音楽シーンを支えてこられたことに対して感謝と敬意を表します。1970年代という激動の時代、音楽も新しい流れがどんどん押し寄せてきていた中でいつも時を敏感に感じて、それを持ってミュージシャンに接してこられたからこそ信頼を得られたんだろうと思います。思い出します。「在間さん、若い人たちをよく見てあげてくださいね」という慶子さんの言葉。そんな気持ちで今までやってきました。¶REDBOXは今年やっと5年目を迎えました。脱サラして始めた5年前、そしてBLACK stageを立ち上げた2年前にも能勢さんご夫婦には色々なご指導を頂いた事に対しても大変感謝いたしております。岡山と倉敷、近くて遠い場所ですが、微力ながら頑張っていきたいと思いますので、これからもよろしくお願いいたします。
¶本当におめでとうございます。PEPPER LANDは永遠です!!
株式会社 REDBOX 代表取締役 : 在間洋之

ペパーランドは35年間もアンダーグラウンドの至聖所として機能していることを喜びたいと思います。
シュタイナー精神医学、三分説研究家 : 松本順正

ペパーランドへ初めて行ったときに、スタッフの皆様にとても親切にしていただいたのを今でも覚えています。ライブハウスの上に泊まれる場所があって、メンバーや対バンのみんなと朝まで盛り上がってとても楽しかったです。¶これからも、頑張ってください!!
SLIME BALL : MACO

僕が初めてペパーランドのステージに立ったのは、17歳の頃だった。当時は現在のように岡山にライブハウスもそれほど無く、僕等は岡ビル付近の「ZOO」って言う小さな箱でライブをやってた。その頃のペパーはまだテープ審査なるものもありプロも来る箱なので、ガキの頃の僕には敷居の高いイメージがあった。「いつかペパーランドのステージに立ちたい」ペパーは憧れの場所だった。¶きっかけは忘れたけど、ペパーでのライブが決まった。確か昼の部だったと思う。凄く嬉しかった反面、怖かったのを覚えてる。周りから見れば変なテンションだったんじゃないかな。初めてペパーで演奏したのは、当時大好きだったブランキーのコピー。演奏中の事は覚えてない。なんか、目の前が真っ白になったのは薄っすら覚えてる。清算の時、岡山バンドマンのBIG MAMA、慶子さん登場。その時の慶子さんの一言、「ブランキーが好きなのは解るけど、声まで真似しちゃ駄目よ」 僕は(真似してる気は無いんだけど…)って心で思いながら「はい」って頷いてた。昔から慶子さんは色んなバンドを見て、アドバイスしてた。¶高校生活も終わりに近づいた頃、同級生のバンドが集まって卒業ライブみたいな事をやらせてもらった。もちろん昼の部。STRAY CATSのコピーやっててステージ中にトラブル発生、時間押しまくりでライブ終了。もちろん慶子さんに怒られました。打ち上げで記憶が飛ぶほど呑んだ。¶その頃見に行っていた先輩のバンド、CRIKEY CREWとの出会いは僕にとって大きな出来事だった。SKINS、PUNKSの人達が大暴れするのをリーゼントした当時高校生の僕は、(怖え〜)と思いつつも、その緊張感のある空間がかっこよく思えた。そしてバンドやライブをやる上での心構えを教えてもらい、色んな人と出会い、酒の量も増えた。¶当時ペパーにチケットをもらいに行くと、ページがズタズタの週刊少年ジャンプを渡され、「好きな漫画選んで」と言われた。チケットのイラストがジャンプの切り抜きだった。珍遊記やドラゴンボール。バンドのイメージお構い無しです。そんな頃の慶子さん語録、「リハーサルは練習じゃないのよ」¶色々バンドやってきたけど、今までで一番多くペパーに出たのは、現在でも活動中のパンクバンド、SABRETOOTHでギター弾いてた頃だと思う。その当時はバンドもお客さんも沢山いて、時には10バンド以上出る企画もあった。そこでも色んな人や後輩と出会い、酒の量も更に増えた。また、「歩道の真ん中空けて下さい!外では静かに!」のスタッフの声が、僕の中では最も聞かれた時期だった。その頃、今のバンドのドラムであるYOSEPHと出会った。ベースのSEKKYも当時のSABRETOOTHを見たらしい。¶SABRETOOTHを抜けて1年程バンドをやってなくてペパーにもほとんど出入りしてなかったが、今のバンドを始めて再びペパーにお世話になった時、昔と変わらず暖かく迎えてくれて本当に嬉しかった。今でもペパーのステージに立つと、嬉しさと緊張感、初めて立った頃の懐かしさが入り混じって、何とも言えない気持ちでテンションが上がる。「やっぱ、ペパーだな」って思う。¶僕が初めてペパーのステージに立ってから17年が経とうとしています。流行は入れ替わり、時は流れて、見かけなくなったバンドやお客さんもいるけど、まだまだ現役の先輩方や昔からの仲間やバンドが今もペパーランドで遊んでる。¶入れ替わる人達、立ち続けている人達。僕の中のペパーでの思い出、僕の知らないペパーの歴史。¶こうやって書いていると、素敵なバンドやアーティストを見て体験した事など、まだまだ思い出す事が沢山あるけど、もうこの辺にしておく。¶来年でペパーランド36周年、おめでとうございます!いつまでもペパーランドが楽しい遊び場であり続ける事を願います。そしてこれからもよろしくお願いします。伊勢雄さん、慶子さん、いつまでも元気で頑張って下さい。スタッフの皆さん、いつもありがとうございます。遊神君、髪を切りなさい。¶そして、僕が初めてペパーランドに行ったのは、チケットが取れず中から漏れる音を外で聞いた、マルコシアスバンプのライブ。中学2年の冬でした。
BULLET BALLET : HARUMI

PEPPER LAND35周年おめでとうございます。思い出 1.東京・新宿にある「photographers' gallery」で2006年に開催された能勢さんの写真展に行けず岡山へ。ペパーで(ペパーの横の控え室?)能勢さんにみせていただきました。2.Video Hackingの上映後、能勢さんが虹をつくり「光は闇の深さが関係してる」と教わりました。3.ジープにラスカルがいました。4.慶子さんにコッペパンをもらったような気がします。夢かも。またおじゃまします。
編集者 : 齋藤春菜

今から遡ること十数年前、初めてペパーランドのステージに上がりました。ブラストブレイズ解散ライブという、ペパーランドの歴史の中でも最重要バンドのイベントに出させていただきました。¶当事、大学生だった我々はサークルの先輩Shintokaのカズさんの計らいによりペパーランド出演を果たすのでありました。¶それ以降、福山在住ではありましたが毎週何日もペパーランドに通う日々が続きました。好きなバンドを見に、仲間のライブを見に、そして何よりペパーランドにライブをしにせっせと岡山に通いつめてました。¶混沌としたシーンの中で、とにかく存在意義を見いだそうとやみくもにライブを繰り返し、争いを巻き起こしながらバンドをやっていました。バンドのやり方、バンドに対する考え方、打ち上げでの酒の飲み方、女の口説き方、全てこの時期にペパーランドで考え身につけたモノが今の自分の基礎になっています。¶激動の20世紀後半、確かに岡山ペパーランドに我々は存在していました。バンドマンとして、人として、漢としてのあり方を模索し発見し失った、最高の場所です。¶35周年おめでとうございます。¶まだまだこれからもよろしくお願いします。
ゆーこときカズ : Ba.水野真

ペパーランド35周年 おめでとうございます!! ツアーで色んな所に行く度「岡山っていったら、名物きびだんごだっけ?」的な会話になる。ほとんどの返しは「ペパーランド!」と答える。何故かはわからない。そうペパーランドの存在はでかい。¶少年時代にあっこでやるのに憧れた、いい大人になりかけて初めてそこでやれた。¶友達も沢山出来た。¶ここは名物ペパーランド。
the telepathys : エグチナオキ

いままでも、これからも、ワレラのホーム、ペパーランド!
the telepathys : ショウジ

ペパーランドに¶¶僕が初めてペパーランドで演らせてもらったが今から12年前ぐらいか。そのバンドは解散してもうない、だけどそのころ知り合った仲間とは今も仲良し。¶バンドが変わり、21世紀になり、30才を過ぎ、それでも僕らは夢を見る。ペパーランドはそんな夢を包んでくれる。現実もしっかり与えてくれる。ペパーランドの半分は優しさで出来ている。僕らの鎮痛剤、ペパーランドにおめでとう!ありがとう!¶これからもよろしくお願いしますね。
the telepathys : ユウイチロウ

全国津々浦々を旅しているツアーバンドにとって、ペパーとの出会いは掛け替えのないものだ。岡山の母として、いつまでも我々の旅路を受け止めて下さい。ハッピーバースデイ!¶PEPPER LAND35周年、おめでとうございます。
monokuro : 磯谷直史

僕が生まれたのが今から32年前、それ以上前からこんなステキな遊び場所を作ってくれてほんとにうれしく思います♪¶初めて遊びに行き出した頃は少し恐い様な感じがして行くのにドキドキしてたのを今でも覚えてます。あれから十数年経ち今もみんなにステキな遊び場所を与え続けてくれるペパーランドさんの35周年本当におめでとうございます。¶これからもまだまだ遊ばせてください。そしてこれからもずっとみんなの遊び場所を続けて行ってください。
SABRETOOTH : 今井正

35周年おめでとうございます。岡山に来て7年が経ちました。7×5=35なので5分の1以上ペパーに関わっています。今年は自分にとっても節目の年でした。7は音階で言うと1オクターブ分です。¶さらに、1桁の数でコンパスと定規を使って書けないのは正七角形だけです。書けない7以外の数、正三角形〜正九角形を掛けると、3×4×5×6×8×9=25920で惑星歳差運動周期(大プラトン年)になります。この25920には純正律音階の比率が入っています。より詳しいことはペパーランドが出しているJINMO『Ascension Spectacle』の中で森章吾さんが書いています。これからもペパーランドが発信するものに共鳴していければと思います。
PEPPER LAND STAFF,多面体,黄金比 : 向井宏志

35周年おめでとうございます。ペパーは行く度に、おもろいもの見れたり聞けたりして大好きで〜す。
フリンジ洋画家 : 鷹取雅一

おめでとうございます。35周年、凄いことだと思う。岡山のライヴシーンはペパーランドが創った。先駆者なのだから、常に情熱だけをたよりに、手探りしながらの創造であったに違いない。多分、今なおそうであろう。ペパーランドはライヴ空間、また音楽カルチャーを中心とする情報発信源としての確固たるベースを築いた。単に生演奏の出来るスペースではない、というところが素晴らしい。ペパーランドがあったからこそ、様々なものが岡山に出来た。ブルーレコードもそのひとつだ。だから、未だおれは能勢さんに頭が上がらない。能勢さんもおれも、すっかり歳をとっちゃったぜ! でも、まだまだバリバリ元気だ。若い人世代の人たちがどこまで理解してくれるかわからないけれど、ペパーランドというライヴハウスは本当に凄いことをやり続けている。こういう信念やスタイルが、ファッションじゃなく、真の格好良さだ。それをわかってほしい。
ブルーレコード編集長 : 米田一

35周年おめでとうございます!¶35年前まだ僕は生まれていません。。本当に凄い事だと思います。¶今後とも何卒宜しくお願い致します!
株式会社キューンレコード キューンアーティスツ 石野卓球 マネージャー : 松坂俊介

ペパーランド35周年おめでとうございます。¶ペパーランドとの出会いイコール能勢さんとの出会いとなる訳なのですが、初めてお会いしたのは、かれこれ22〜3年前になるでしょうか、大学生時代にアルバイトをしていた烏城無線であったと記憶しています。¶まだ福武の映写技師をされていた頃なので、職場から程近い事も有ってかよく店に訪れてはパソコン関連の商品を見ていただいていました。¶当時でも1万枚やそこらは軽く有ったのではないでしょうか、増え続けるレコードの管理のために4th. Dimensionというフランスのデータベースソフトと、これを動かすMacを購入いただいた記憶があります。¶表計算もロータス1-2-3あたりが幅を利かせていた時代で、データベースソフトといえば管理工学研究所の桐が唯一の選択肢であった時代にリレーショナルデータベースに注目していた事はすごい事で、日本でリレーショナルデータベースが一般的になるのはAccess 2.0以降の話ですから、あのパソコン激動期に10年時代を先行していた事になります。¶15"の連帳紙(プリンター用紙の事です)にびっしりとレコードデータが印刷されたリストを見せて頂いた事がありますが凄いの一言につきます。¶お買い上げ頂いたパソコンを3階建てになったばかりのペパーに配達に行った覚えもありますね、3階に上がるとちっちゃい子が3人遊んでいて能勢さんには3人子供が居るんだとずっと思っていました。3人のうちの1人は聖紅と遊神でつい最近彼らの証言でもう1人の男の子は近所の子供だという事が判明しました。¶¶大学卒業後は、たまに表町辺りを歩いていると偶然出会ってご挨拶する位のおつきあいが10数年続いていたのですが、2004年に開催された2市6会場11企画35イベントを擁する「スペクタクル能勢伊勢雄1968-2004」展をきっかけに関係性が深まる事となりました。¶倉敷市立美術館をメイン会場に行われた展示の中での「ペパーランド」はただの1フロアにすぎず、会場全体(会場自体が岡山市と倉敷市にまたがり6カ所もあるのですから)を埋め尽くす能勢さんの活動の軌跡からすると、ただ一つのピースにすぎない事はもはや語る言葉を失わせるに十分な出来事でした。¶あ、もう一つ言葉を失ったのが会場で能勢さんのアシストをしていたヒゲの青年がペパーの3階で遊んでいたあの遊神だと知ったときには、思いっきり時間の流れをぶつけられた気がして絶句してしまいましたねぇ・・・。¶幸せな事に私はこの展覧会の裏方に一部関わらせて頂く事ができました。その体験は、同じく能勢伊勢雄という磁場に引きつけられた音楽やアートの領域の人たちとの出会いを生み、新しい出会いはその後の私の人生を大きく変えるターニングポイントとなりました。¶つまり、ペパーの膨大なレコードコレクションとペパーに集った才能ある人たちのおかげで、私の人生はよりエキサイティングで、より創造的なものに導かれたのです。¶感謝の言葉も見つからぬまま書き連ねて参りましたが、この辺でおいとまいたしたいと思います。ペパーランドの更なる発展と、時代と社会に対する発信は、私が願わずとも必ずなされるとの確信がありますので、あえて祈ったり願ったりはいたしません。次回のスペクタクルにもぜひお声がけください。
倉敷芸術科学大学,ex.烏城無線スタッフ : 齊藤等

今年、結成25周年を迎えアニバーサリーツアーに、ライブDVD&ベストアルバムの発売etcお祭り気分ではしゃぎまくってたんですが・・・¶そうですよね〜〜そうっすよね〜〜¶「上には上がいる!」ってこと、忘れてました(笑)¶さんじゅうごしゅうねん!!¶おめでとうございます!!¶これからも宜しくお願いします。
横道坊主 : Vo.中村義人

呼び鈴が鳴り、ドアを開けるとペパーランドが立っていました。日々ミリ単位で皆が眠っている間にもペパーランドは移動してます。35年目の春だから。もはや学南町を越え宇宙の先から君のドアの前まで来ているノダー!!!つづく。
MACCOY : 松川新司

拝啓 岡山ぺパーランド様へ。¶私達はあなた方を愛してます。好きです。¶これからも宜しく!
bloodthirsty butchers : 吉村秀樹

チャリの多さと¶銀杏の香り...¶常に印象に残っております。¶35周年おめでとうございます。
bloodthirsty butchers : 射守矢雄

ペパーランド全体が鳴る!¶まさにライヴハウス!¶35周年おめでとうございます。
bloodthirsty butchers : 小松正宏

ペパーランドは、何においても、とても思い出深く、印象に残っている大好きなライブハウスです!¶歴史あるライブハウスに何度も出演させてもらっていて凄く嬉しいです!¶35周年おめでとうございます!
bloodthirsty butchers : 田渕ひさ子

35周年おめでとうございます。¶ペパーランド…¶絶不調の時も絶好調にしてくれる…そんな不思議な場所です。¶いつまでも、kocoroに残る場所で居続けて下さい。
bloodthirsty butchers Mg : K.W

おめでとうございます。¶なんと言うか、自分にとってPEPPER LANDは、イギリスの自分の住む町の仲のいいレコード屋であり、小さな美術館であり、映画館であり、、、ライブハウスであり。自分が芸術家として生きて行くにあたり必要不可欠なART SPACE。これからも世界の、たまたま日本で、たまたま岡山で、そしてあの素敵なSPACEで共に在って下さい。共に素晴らしき「芸術」をこれからも生んでゆきましょう。感謝してます。
MY WAY MY LOVE : 村田有希生

私の一番の遊び場で、音楽活動を応援してくれるペパーランド様、いつもありがとうございます。¶いつの間にか、10年来の付き合いになってしまいました。お婆さんになっても遊びに行きたいです!
MIRROR LAKES : 重政由紀

PEPPER LAND、35周年 素晴らしいです!僕も音楽やりはじめて35年くらい経ってます。35年てすぐ時間が経つよね。僕の音楽も変わらないところもあり(punk noise 頭脳病気)、変わっていってるところもあり(使ってる楽器があたらしくなってる)、感覚は一瞬一瞬で楽しんで行く!それが1年であろうが、35年であろうが、100年であろうが、繰り返す事なので!∞が音楽、アート、プロデュース、表現、宇宙に存在してるすべてが、向かっている行動であると思います。これからもガンガン岡山カルチャーをグチャグチャにして行きましょう!
ultra bide, amazon saliva, oh my cow, ultra jr, alice sailor & damege distortion. : hide

35周年おめでとうございます。と、言いつつも勤続11年、皆様にはいつも大変お世話になっております。¶素敵なコメントの数々ありがとうございます。¶僕ペパー育ちだからどうしても、どこに行ってもビールはコンビニで買っちゃいます!¶¶これからもよろしくっス!
PEPPER LAND STAFF,Idol Punch,NothingFace From Colombia等 : 沖島二朗

35周年おめでとうございます!! ¶私共架空楽団は79年結成以後、17年間に亘ってお正月ライブをさせて頂きました。 まさにペパーランド育ちです。 その後東京に拠点を移しますが、あがた森魚さんや鈴木慶一さんがペパーに来た時にはサポートさせて頂きました。 ¶¶ペパーランドの凄さは日本有数の老舗ライブハウスにして「懐かしの」「当時のまま」なんて言葉が無縁で、常に変化&前進し続けているところ。 ¶常に「今何をやっているのか」を問われ、ここに出演する時は特別の緊張をします。¶ これからもモダンミュージックの表現/実験の場として機能し続けて頂きたいと願っています。末永く宜しく願いします。
架空楽団 : 黒瀬尚彦

岡山カルチャー台風の目、ペパーランド様、35周年、祝!であります。おそらく自分らピーズも20年位のお付き合いになりましょうか。バンドブームはクソガキでした、活動停止は弱虫毛虫でした。常に、たまに、温かく気に掛けていただき本当に感謝しています。¶岡山のあそこに行けばペパーランドがあるってコトでホッとするし、まだまだ頑張らなきゃと思わされます。¶近頃はすっかり毎度最終的に迷惑な酔っぱらいかもな自分らですんません。まあ人生こうなったら皆さんお互い相変わらずな青春のままブッとんでゴロゴロ参りたい所存であります。ペパーフォエバァー!
Theピーズ : 大木温之

35年!そろそろ桃太郎越えます。これからも岡山を盛り上げてください。
Theピーズ,The Pillows : 佐藤シンイチロウ

35周年 おめでとうございます。昔、昔、ピーズのツアーは岡山を中心に始まりました。今もペパーランドは自分達にとって欠かせないライブハウスです。まだまだやらせてもらいます。よろしくお願いします!
Theピーズ : 安孫子

「PEPPER LAND」35周年おめでとうございます。これからも、ずっとみんなに愛される「PEPPER LAND」であり続けて下さい。また、ライブで行かせて頂きます。
DOES : ケーサク

35周年、おめでとうございます。また行きます!
DOES : ワタル

Congratulations 35th anniversary. マタ イキマス
THE BACILLUS BRAINS : スティーブン・ブライト・ライト

自分がいま音楽と関われているのは、身近かに"ペパーランド"があったから。¶感謝の気持ちを込めて…¶¶35周年おめでとうございます!¶楽器を始めてペパーランドに行くようになって10年たつんですが、¶ずっと続けると思ってた前のバンドが終わっても、のんびりではあるけど今もバンドができてるのって、ペパーランドのおかげだなと思います。¶そうゆう環境にいる自分は幸運だなと。
すさび : サキコ

祝!35周年!¶¶僕が伊勢雄さん慶子さんに触れる度に驚かされるのが、¶お二人がいつでも現在進行形だって事。¶僕がいつでも憧れる先輩方はどこかに完成型を漂わせていて、¶憧れとしてゴールとして尊敬しやすい?のですが、¶お二人はその風貌からは完成形の片鱗は見えても、¶一度触れるとまるで風の強い日の雲の様で。¶僕の様な若僧よりももっと不自由を感じてらっしゃる。¶いつも「まだまだ!だって世界はこんなに広い!」と¶教えてもらっています。¶伊勢雄さん慶子さんの小さな手の中の宇宙を¶そのスペクタクルを知ってハヤ15年くらい。¶それはもう宝です。¶大事な大事な宝物です。¶遠く600キロ程離れた我が家からペパーランドを想うに、¶瞼に浮かんで来るのは伊勢雄さん、慶子さん、遊神、小林さん、¶ジロちゃん、みんなの笑顔と壁にかかったあの絵。¶ライブ終了後の白熱灯に照らされたあのスペクタクルな絵を眺める時間が¶僕はとても好きなのです。¶¶タワーレコード岡山店のスタッフが、¶「伊勢雄さんの活動は日本中に小さな灯火を着けている。近い将来、大きな爆発を起こすだろう」¶と言ってました。¶意義無し!です。¶¶35周年おめでとうございます!¶そしてこれからもよろしくお願いします!
nil : Vo,Gu. 高野哲

日本一クリエイティブライブハウスの更なる未来に乾杯!!
映像作家:大木裕之 + 小田切瑞穂

35周年おめでとうございます!¶いつか岡山に住むのが私の夢です。¶それまで待っていてくださいね。
歌手 : アリスセイラー

Phenomenaでは、ネガやプリントを上げる技術から、優れた作品や思想に触れることにより体験を深くする目や感覚を養うことまで一貫して考えていて、写真だけの特殊なことではなく、誰にとっても大切な、物事の本質を学んでいると感じています。¶遊会やVideoHackingも、そこにある世界を知ったら、今を生きる自分と写真がどう交差していくのかと考えることができる場所です。伝えることにも、表現することにもまるで手を抜かず、伊勢雄師匠は全力で語り、目の前に世界を描いてくれます。その力をどの方向にも、途切れることなく継続されてきたことを思います。35周年、心からお祝いいたします。
新聞記者,Phenomena : 柴田聖子

ペパーランド35周年、ほんとうにおめでとうございます!¶思えば「スペクタクル能勢伊勢雄1968‐2004 」展は、30周年記念企画でもありました。あれから5年が経つんですね。¶岡山倉敷両市の6会場で11企画34イベントというスケジュールをめまぐるしく駆け抜けた日々、今も鮮明によみがえります。¶あの企画が実現できたのは、岡山はじめ全国各地からの温かい励ましと献身的なご協力があったからこそでした。¶まさにペパーランドの人気を支える強い愛情を実感した日々でもありました。僕は今岡山を離れていますが、今夜もペパーランドでは音が発信され、映像が発信され、言葉が交わされているのだろうと、いつも思い馳せています。¶能勢伊勢雄さんご一家はじめスタッフの皆さん、またお会いしましょう。
キュレーター/アートディレクター : 那須孝幸

ペパーランド35周年、おめでとうございます!!¶丁度、俺よりひと周り若いんですね!!¶しかも同じ虎年だし!!¶去れど、ペパーランドには、俺の青春と人生の汗と涙が、付着して染み付いてるんです!!嗚呼、懐かしのライヴ前の、コンパネ運搬よ!!¶今後とも、よぼよぼの地上最年長のパンクロッカーに成り果てても宜しくお願いします!!!!!
駅前旅館 : 文谷昌弘

35周年おめでとうございます!¶¶昨年、私達夫婦が籍を入れることになった時に能勢さんにご報告したところ、大変喜んでいただいたことを今も嬉しく思ってます!¶¶そんな二人を刺激的な音楽体験で繋いでくれたPEPPER LANDさんの益々の盛り上がりをお祈りしています!!
DJ : 三角信介・葉子

おめでとうございます。ペパーランドは一言で表現すると“ノアの箱船”だと思います。
MOLMO PLUG : モルモちゃん=野林陽子

35周年おめでとうございます!私にとってのペパー初体験は能勢伊勢雄さんのインタビュー。まだ20代でした。その縁で「岡山遊会」に参加し、電界と音界について学びました。そこで出合った「純正律」とは、30歳でアカペラを始めたことにより再会。音界の深い部分に興味を持てたのも、ペパーランドあってこそ!と感謝しております。40代では慶子さんのインタビューをさせていただいた上、ステージも経験させていただきました。つながっていく世界の真ん中に、ずっとペパーがありますように。今後ますますの発展を期待しています。
フリーライター/アカペラグループAirsリーダー : 石津圭子

PEPPER LAND 35周年おめでとうございます。僕とPEPPER LANDとの出会いは、能勢伊勢雄さんとの出会いであり1979年にまで遡ります。そしてその後縁あって1998年より約3年間に渡りMUSIK SPECTACLEで遊ばせて頂きました。それから今でも岡山にお邪魔した時には楽しい時を共有させて頂いています。音楽を思考する空間、そして時代を思考する空間、それがPEPPER LANDです。今回はコメントとしてささやかですがPEPPER LANDに以下の詩を献呈させて頂きます。
ねがわくは、PEPPER LANDがもっともっと正当に評論されますように¶ねがわくは、PEPPER LANDのぼー大な宇宙が使い果たされますように¶切に、切に¶ねがわくは、頭上の天蓋で時代の星屑が瞬かんことを¶ねがわくは、全身を耳骨となし生成し死滅する擬態を体験できますように¶ねがわくは、そしてかつて聴いていた音楽が内なる試験紙に響きますように¶切に、切に¶ねがわくは、人が集まり雲となり描くように四十万の中でブラウン運動しますように¶ねがわくは、すべり、はしり、ながれ、うつろい、消えていますように¶ねがわくは、ぼくらの細胞が、ほんの少しの間だけ進化の過程よりはずれますように¶ねがわくは、牢獄にあってもキョムの中でなにものでもないものと出会えますように¶ねがわくは、つねに驚きつづける健康をもてますように¶切に、切に¶ねがわくは、グローバルな煉獄から個人または部族の彼岸にたどり着けますように¶ねがわくは、ぼくらが=彼らがいつまでも共同体のイラクサの小屋でありますように¶ねがわくは、幻視の信号がものがたりになり「現実の」夢となりますように¶ねがわくは、インターヴァールがヒエラルキアの法則から解放されますように¶ねがわくは、シーニュがシニフィエとなり音楽を奏ではじめますように¶切に、切に¶ねがわくは、街路が広場がキャンパスになり絵筆をとって謳いだしますように¶ねがわくは、言葉が速度をもち、西の方角へ風とともにはるか遠くまで疾走しますように¶ねがわくは、植物の地下茎が地中で繁茂しやがて上部構造である地球を覆いつくしますように¶ねがわくは、惑星の秘密が解き明かされ一瞬の永遠のなかに恩寵となりますように¶ねがわくは、記憶が血液のなかに流れ込み羽ばたきますように¶ねがわくは、都会の雑音がギラツき、ニオンの匂いとともにダンスをはじめますように¶ねがわくは、都市は人の息遣いと雑踏の中でいつまでも震えていますように¶ねがわくは、PEPPER LANDが終わることのない遊び場でありますようにあらんことを、切に、切に
「musik spectacle」 musika viva! ナビゲーター : 嘉ノ海幹彦

遠迫です。35周年おめでとうございます。中学1年生の冬ハードコアパンク、NW、中学3年生ポジティブ・パンク、ネオサイケ、Gift of Noiseーインダストリアル・ポストインダストリアル、高校生ジャンク、スカム、オルタナティブ、そしてバンド活動。エレクトロボディミュージックからテクノ前夜としてのニュービート、そしてセカンドサマー・オブ・ラブとアシッドハウス、テクノエボリューション。大学入学、90年代レイヴカルチャーとサイケデリックカルチャーの日本への流入、そして拡大、海外へのレイヴ・トラベリング、ヒッピー文化の転生、アンビエント・ミュージック。¶¶00年代精神科医へ。エレクトロニカ、ミニマル・プログレッシブ、ドローンミュージック…。ペパーランドは常にその時代を象徴する音楽とともに、その文化的、霊的コードを解読し、リアリティに結びつける作業を行ってきた。その行為と衝動は思春期の少年にとってはあまりにも真っ当で、眩しく見えた。そして音楽を通じて、時代というものが常にアンダーグラウンドからその時代の古い価値観をカウンターとして覆そうとする戦いによって刷新されて行くことを学んだ。これらの体験は全て私の中で結びつけられ、現在の仕事に繋がっている。能勢氏は私の最初の師匠である。¶¶ペパーランドは未だこの岡山の地に於いて世界のエッジと繋がる重要なポータルの一つであり、最後の砦でもある。感性のアンテナを研ぎすまし、ネットワークを拡大することで世界のどこに居住しようともグローバルな感覚を失わず生きられることを伝える。能勢氏の意志は彼に出会えた幸運な弟子達を乗り物としてこの地球上に広がってゆく。
精神科医、ミュージシャン、HIKARI CLINIC & フローティングタンクサロンCOCOON : 遠迫憲英

35周年本当におめでとうございます!これからも柔軟に進化しつつも、変わらないペパーランドに期待しています。
元タウン情報おかやまのライブ情報担当 : 山下智子

PEPPER LAND もう?まだ? 今ここある35年¶¶何はともあれ、「35周年、おめでとうございます!」¶今、ここにこうして35周年のお祝いの言葉を書いているということは、『スペクタクル能勢伊勢雄1968-2004』展から約5年の月日が流れたということである。私とペパーランド(以下、ペパーと呼ぼう)との関わりはその能勢伊勢雄展のカタログの拙文に詳しい。30周年頃までの事はそちらをご覧いただくとして、ここにはそれ以後の事を少しだけ書いておこう。私たちカオス&ランゲージはバンドの演奏形態が少し変わったが、大方の予想に反し、まだ活動中なのである。これはバンドの歴史からすると凄いことなのである。毎年春には南伊豆への遠征を重ね、はや4回。今年は訳あって地元高松でのライヴが多いが、年間30本を超える。もちろん何処で活動しているかは関係ないのだが、やはりペパーでのライヴは欠かす事ができない。今年も年末ライヴにはこうしてエントリーするのだ。¶このところママさんが忙しい中、けっこう頻繁にブログを綴っている。見た人も多いと思うが、少し前にマスターとママさんの結婚当時の写真が公開された。そのマスターの若々しいことってありゃしない!その写真が撮られたほんの少し後だったのだ、私と藤原シゲトシがペパーでライヴを始めたのは。今や見た目は確かに老けて見えるお二人(失礼!ママさんは変わらないと言い直しておこう)が、常に持ち続けてきた「表現する人たちを応援する」という心は、その当時とちっとも変わっていない。いや、むしろ今の方が強いと感じる。今ではマスターに加えて息子の遊神、そして昔の私たちと同じようにペパーに惹かれている多くのスタッフが音響、照明の面でバンドの演奏を支えてくれている。そこに関わる人々がそうであったように、ペパー自体もまた、その時、その時、必要とされる形に姿を変えて来た。しかし何が変わってもペパーのステージに立つということは、私の中で決して変わらない意味を生み続けるのである。ペパーに集う多くのバンドマンもきっと私と似たような気持ちを抱いているのだろう。そんなペパーのステージ上で、今年を締めくくるに相応しいライヴができれば、何よりも嬉しい。¶¶人間がこの地上での生活の中でつねに空を眺め、月や年という単位を見つけ出してから久しい。この地球上での35年、水星人のお友達は145歳も年をとり、ペパーが出来たときに生まれた木星人のあの子はやっと3歳。もう?それとも、まだ? 私とペパーとの関わりはそのうちの33年。極めて相対的に伸び縮みする期間ではあるが、これからもずっと、今ここにある。¶
p.s. 今年は結構頻繁に短歌がやってくる。これもペパーと私との繋がりを示す現象のひとつだ。掌に消えゆく華の一片に空のおもひの形ぞ知らゆ(たなそこに きえゆくはなの ひとひらに そらのおもひの かたちぞしらゆ) 周凍
CHAOS&LANGUAGE : Tetsu

PEPPER LAND35周年心からおめでとうございます!¶俺はこのLIVE HOUSEが大好きでホント出会えて良かったなって思います!¶いつまでもBANDの味方でいて下さいね☆¶おめでとうございます!
REAL REACH : 政雄

俺の人生八割か九割ぐらいは、ペパーに行ってなかったらなかったものだと思います。¶二十歳ぐらいからずっとずっと、ペパーランドに夢中です。¶遊会で伊勢雄さんが言われる、「誰のものでもないもの」ペパーランドという存在、場所、箱、空間、概念、言葉、全てひっくるめてそのように思います。¶35周年おめでとうございます。これからもどうぞよろしくです。
The NothingFace FromColombia,駅前旅館,編みかけマフラーズ : MUSH☆KAWAこと重政淳志

ペパーランド35周年おめでとうございます。¶いつも温かく迎えて頂き本当にありがとうございます。これからも末永くよろしくお願いします。
シンガーソングライター : 佐々木匡士

PEPPER LAND35周年おめでとう御座います。我々が生まれる10年も前から世間と戦い、文化に貢献された功績は我々などでは想像も絶するものだろうと存じます。これからも畑に種を蒔くが如く、良質な音楽の繁栄と、若き芽、才能の開花、PEPPER LAND益々の発展、心より望む次第であります。
狂気と驚喜のド真ん中、PsysaliaPsysalisPsyche一同より

自分にとってPEPPER LANDが特異な「場」であるのは、訪れれば能勢ファミリー&スタッフの希有な霊力にコンタクト出来るからで、あの「場」に凝縮された能勢さんの叡智を堪能する為に訪れると言ってもいいくらい深い意味がある。それだけ特別な境界であって、その深度は計り知れない。PEPPER LAND=能勢さんの存在は自分にとってのデミアンであり、ヘンリー卿であり、不思議な少年サタンなのかもしれない。
WRENCH : 松田知大

初期のPEPPER LAND、外見がまだ普通の喫茶店だった頃、毎年のように唄いに行かせてもらう旅するシンガー達が居た。ボクもそんな唄い手のひとりだった。初めての時、能勢伊勢雄さんは、「学生時代のある出来事がきっかけで自分の方向が決まり、これからもそれを続けるのだ・・・」というようなことを話してくれた。そんな風に憶えている。近頃よく「夢を持つ」という言葉を耳にするが、その場合の「夢」は「欲」に置き換えられても成立する意味に、ボクには聞こえてしまうことが多い。しかし、あの時の伊勢雄さんが言っていた「これからもそれを続けるのだ」の「それ」こそが、本当の意味での「夢」なのだと、今改めて思えるのだ。世界中の誰もがひそかに願っていること…「それ」に向かってのひとりひとりの想いと取り組みこそが、本当の意味での「夢」の実現に向けての出発点であるし、その想いを一度でも心に抱いてしまったら、もう逃れることなど出来はしない。毎年お正月に送られて来る、細かい文字がビッシリの〈PEPPER LAND年末イベントパンフレット〉は、実はいつも楽しみにしていた。先年すごく久し振りに唄いに行かせてもらい、お店の様相はすっかり変わっていたが、伊勢雄さんは若い頃よりシャープになり、慶子さんとの同士的な絆も相変わらず、あの頃生まれた遊神さんも加わっている姿を見て、「夢」は確実に手渡されていると感じたのだった。PEPPER LANDは、どこまでも、ほら、あの「道」の上を歩き続けて行くのです。
フォークシンガー : いとうたかお

35周年おめでとうございます。¶35年前の僕と言えばまだ小学2年生。¶勿論、童貞で、毛も生えてない頃です。その頃好きだった林さんや赤木さんはどうしているんだろうか…。¶しかし35年間も続けて行くなんて、音楽をやっていく為の磁場が超良いんでしょうネ。スタッフの皆様と出演者の愛のオーラが溢れ出ています。¶バンドマンの時は本当にお世話になりました。バンドが解散する時、機材車まで見送って頂いた事は、マジで忘れません。¶ペパーランドは永遠です。平田食堂大好きです。ところで新宿ジャムは来年30周年。まだまだ小僧みたいなもんです。
新宿JAM(元Unlimited Broadcastドラマー) :石塚明彦

32年前だ。寺山修司の本は読んでいたが、演劇や映画は地方ではなかなか観られず、かといって、当時の私は東京へ出かける事が難しかった。ライブハウス“ペパーランド”で上映会ができると知って、何も解らぬままに寺山事務所からフィルムを借り、出向いたのが出会いのはじまりだった。¶能勢伊勢雄さんの話はとてもむづかしかった。けれどとても惹かれるものがあった。きちんと理解できるレベルではないけれど、自分に必要なことはどんどん入ってきた。オブジェクトマガジン「遊」、真崎守の劇画「共犯幻想」やその他のシリーズ、とりわけクリシュナムーティの「自己変革の方法」は何十回も読んだ。自分とは何か。私が大きくひろがって解放されてゆく。私はここに夢中になった。そのうちペパーランドへ行くこともなくなり、32年もたってしまっていたのだ。¶今、私は0才から95才まで4世代7人家族の農家の主婦をやりながら俳句をやっている。あの32年前のペパーランドとの出会いが今の私の原点であることはまちがいない。あの時から私は本当に生きはじめた。
俳人 : 前田留菜

35周年、おめでとうございます。ありがとうございます。よろしくおねがいします。¶アートウエーブ展でPORTGRAPHという写真と全共闘のフィルムを観た。とんでもない人が岡山にいると思った。PEPPER LANDに初めて来たのは2002年、ケッチのライブを観に来た。石原君(ケッチ)がV.H.と遊会を教えてくれた。伊勢雄さんの話を聞くと、帰りはいつもなぞなぞだらけの不思議な気持ちになった。大学の3流アカデミズム講義では絶対に語られない世界だった。2004年には、スペクタクル展が開催された。あの写真だし、あの映画だった。いろんな世界のことを、知りたくてしょうがなかった。伊勢雄さんは「僕は若い人たちに、伝えたいんですよ」と言ってくれた。私、すごく運が良い。¶伊勢雄さんに写真を軸に編集や展覧会企画を教えてもらう、という名目でPEPPER LANDへ通い、出遊にはついて行き、見るものや出会う人々に私まで立ち合わせてもらってしまった。伊勢雄さんの傍をうろちょろし続けていたら、いつの間にか色んな世代の、色んな世界の人々とお話させてもらうようになっていた。聞いたこともなかった言葉を知り、音楽を知り、歴史を知り、本を知り、それらに対する伊勢雄さんの思いを知り、自分の新しい感覚受容体を見るようになった。ドジをして心が挫けそうになった時には、いつも慶子さんが温かく叱咤激励してくれる。¶2008年には写真塾Phenomenaが立ち上がり、写真を通した世界との関わり・自己との関わりを考え、作家として歴史を自身の中で追体験し、各自にとって写真技術が原型であり支えとなっているように思う。ゲーテを語る写真塾、日本中どこを探したってありません。私の出発点であるPEPPER LAND、どこへ向かうかなんてどうでもいい。¶無心に買い漁った『遊』、何かのご褒美で貰った『GIFT OF NOISE』には、ようやく私が生まれた頃の胡椒帝国が在る。エリファスレヴィの魔方陣を目指し、土星と易学のドアを開けたら、カウンターには学南小町こと慶子さんと月球儀、夜な夜な諌山さんが選別した豆のコーヒーを、正20面体ダイマクションマップを転がしながら注文したい。コーヒー出るのが遅くたって「豆買いに行っとったんか」なんて言いません。何時間でも遊びながら待ってます。
Phenomena事務局,PEPPER LAND STAFF : 丸山希世実

ペパーランド35周年おめでとうございます。¶私とペパーランドとの付き合いはまだ3年程度と短いですが、スタッフの皆さんやここに集まる皆さんにたくさんの事を学ばせてもらっています。¶特にこの一年、能勢師匠にはPhenomenaで写真を学ばせてもらって、自分のまだ短い人生の分岐点になりました。¶ペパーという場所とそこに集うちょっと変わった人々に刺激を受け、こんなに深く関われて嬉しいなって思います。¶35年と私より年上なペパー、これからもずーっと長生きしてください!
Phenomena : 藤原奈津江

35周年、おめでとうございます!¶岡山と東京、遠く離れてはおりますが、能勢さんの存在そのものに¶多くのことを教えていただいているので勝手に「生徒」を自称しております。¶これからもPEPPER LANDが、豊かな芸術を生み出す最高の現場でありますように!
編集者/ライター : 美馬亜貴子

☆ペパーランド様 祝35周年 おめでとうございます!☆えーーーーー!!!もう35歳やったん!!わーー!能勢さん おめでとう!ありがとう!いつも 能勢さんからおくられてくる遊会通信!そのスピード感ほんまぶっ飛びです!絶対いつか参加しようとおもてます!すぐ!今!すぐ!岡山にはペパーがあるから行く!岡山にペパーがあるから行かねばならぬ!いつも地球の事、神様のこと、おしえてくれてありがとう。桃太郎宇宙船ペパーランドのまだまだ続く幸せを祈って!☆LOVE !
あふりらんぽ : ぴかちゅう

ペパーランド35周年、おめでとうございます。僕の人生より4年長く、そして濃厚な時間。ただただ、僕のおめでとうございますでは計り知れないものがあると思います。岡山にペパーランドがあることは、岡山に能勢伊勢雄さんという人物がいるという奇跡的な重要性の表れです。主要都市のちょっとした所の企画も裸足で逃げ出すようなびっくり企画。え!この人が来てたの!?こんなことやってたの!?岡山という地方都市からくる文化的劣勢のイメージが完全に覆ります。それを30年以上も前から、35年もの長きに渡ってやってこられた。能勢さんと初めて会話らしい会話をする機会に恵まれた時、幅広く深い膨大な知識、鋭い考察になるほどなるほどを連発し、嬉々として知的好奇心が刺激されるのを感じ、いろんな気付きを与えてくださった事と、後ろの方の安全な場所で踏ん反りかえって居られる位の知識なのに、今なお、最前線、前衛に立って、新しい表現を見つめ続けている、追い求め続けているその精神的な若さが印象的で、ただただすごいすごい、もっとしゃべりたい、話をしたい、話を聞かせてほしいと思ったものでした。その後、手前の無精もあって、その願望は溜まった状態です。もっと話がしたい!聞きたい!ペパーランド35周年。本当におめでとうございます。これからも、特に最近知り合える事の出来た僕にとりましてはこれから、どうぞご健康で、気付きと発見、文化の地平を照らす最前線でいらしてください。
書店員 : 丸山洋介

能勢伊勢雄さんの個展『PORTOGRAPH』のDMで彼の肖像写真作品を見たとき、ふと「湿った鉱物」の匂いが伝わって来た。日本の写真家の作品にはほとんど見られないその鉱物質の感覚に、今まで出会う機会のなかった、未知のアーティストの存在を想った。しかし同時に、まるで磁石の同極の反発力のように、この写真家でオルガナイザーでもある人物に直接会うよりも、その活動を意識しながら遠く見ていたい気持ちが働いた。それから数年たって、盟友Caspar Schwabeが媒介になってようやく私たちは出会え、この1年半の間、実に多くのことを語りあえた。そして、彼と出会えたことで、今、私の中では1つのopusが進行し始めている。¶昨年末には、はじめて能勢さんのライフワークの1つ(!)である岡山のPEPPER LANDにも伺った。そこはまるでFactoryの ような空間であり、同時に不穏な鉱脈の上にいるような、強い“ざわ め気”を体感させる場所だった。瀬戸内海の要衝・岡山市を拠点に35年間!音楽だけでなく日本の流動する対抗文化のnodeの1つとして、この特異点を刻印し続けてきた能勢さんの意志の強さはどこから来るのだろうか? 
“来るべき芸術”のためのワークショップ代表 : 石黒敦彦

35年ですか!ライヴハウスを35年維持する事の凄まじさは、同業に約20年身を置く者として痛感すると同時に只ただ感服致します。カラオケボックス的営業形態の今のライヴハウスには絶対に踏み入れる事の出来ない聖域です。『おめでとうございます』なんて言葉では安過ぎる境地です。本当にリスペクトします。¶個人的に、能勢さんには、僕が某バンドのマネージャー時代にツアーをキャンセルしたにも関わらず、払い戻し作業と、その後の食事に付き合って頂いたり、大変優しくお世話になった事が、一生涯忘れられない出来事として心の中にあります。¶これからも、いやっ、いつの時代にも、岡山にはPEPPER LANDが存在してくれる。それが、音楽業界にとって大きな支えだと思っています。¶又お伺い出来る日が来る事を心待ちしてます。¶
PS:細やかなお礼になるか分かりませんが、IDOL PUNCHの世話は、任せて下さい(笑)。
(株)クラブチッタ : 宮本信

35周年おめでとうございます!¶これからも宇宙と交信できる場所であり続けてほしいです!¶PEPPER LANDが大好きです。
MOLMO PLUG : 三宅健之介

35周年おめでとうございます!¶これからも末永くよろしくお願いします。
ex.手水,ex.駅前旅館 : 本松洋子

35周年おめでとうございます。¶私もSCAFUL KING、UP HOLD、BALZACのツアーでお世話になりました。35周年をひとことで語ることはできないと思います。¶毎日毎日、24時間、365日を時間にすると8,760時間¶そして35年は306,600時間!¶秒にすると183,960,000秒¶なんという膨大な時間なのでしょう。¶その時間の中にいくつのバンド、何人のスタッフ、お客がこのお店を出入りしたのでしょう。¶そんな出入りした人びとが作り出した物語は数字だけでは語ることはできません。¶これからもいろんな物語が作られる愛すべき場所として40年、50年と¶ペパーランドを続けていってください!
(株)チッタワークス : 木嶋隆

ペパーランド35周年、本当におめでとうございます。¶俺も、80年代初頭から現在に至るまで、肉弾・RAT TEARS・THE STRATS(ヘルプ)・JOHNNY BOOGIE・ALLEY CAT KING・Love Fever etc…で出演させて頂き、¶そして好きなバンドを観に行くRock Kidsとして、本当にお世話になっています。¶ペパーランドにまつわる思い出話は沢山あるんだけど、特に思い出深いのは¶改装前の天井の低いペパーで、DIVEしては天井をDr.マーチンで歩き「鶴ちゃん、天井を歩いちゃダメだよ」って慶子さんに怒られたり。¶幼少の頃の慶子さんの息子の遊神をみんなでからかい泣かせたり(大人気ない)¶後、RAT TEARSでバリバリロケンローをケイコさんに唄ってもらったり。¶今みたいにガンガンLIVE入ってなくて、それ以外の時は喫茶店をやってたんで、¶ペパーに近いという理由で学南町に住んでいた俺は”キジヤキドンブリ”,”玉子カレー”,”シナモントースト”、そして、裏メニューの”バナナトースト”食ってたなぁ。¶今じゃオールスタンディングのライブハウスが当たり前だけど、当時はバンドも少なく、文化ホールや文化センターを色んなジャンルのバンドが集まり借りてPAオペレーター、アンプ、ドラムセットを運び込みイベントをやるのが主流だった中、ギターだけ持って行けばLIVEが出来る場所があるという事は、スゲェ貴重だった。¶¶退屈な日常、待ちわびた日々、湧き上がる衝動、止められぬ叫び、オープニング、空気切り裂くVibration、かき鳴らすギター、五線譜に収まらない唄声。¶興奮し、脈拍のように走り狂い出すリズム。¶震えるゲージをBOOSTして、この心震るわせて¶飛び散る汗。¶握り締めた拳。俺とお前、理屈じゃない。¶生きている。生きている。¶このLIVEという名の瞬間。¶この35年間、星の数ほどのアーティストとそのオーディエンスがペパーランドの光の波の中輝き続けている。¶過ぎてしまえばもう二度と目には映らない。振り返った時、その瞬間一つ一つがアーティストとオーディエンスの宝物であり、それが積み重なってペパーランドの歴史になっているのだと思う。¶おめでとうペパーランド、ありがとうペパーランド。¶そして、これからも。¶¶¶3つの楽器と¶3つのコードと¶1・2・3・4があればいい¶Forever BAND Kids and Rock'n Roll
ALLEY CAT KING : 鶴

歌う門には神来たる。
神闘歌 : 暗野ジョー

ペパーランド35周年おめでとうございます!!¶このメモリアルイヤーに蓮獄もめでたく10周年を迎えることができ嬉しく思います。¶思い返せば10年前、ペパーランドに出演させてもらう為にデモ音源をラジカセで録音し、ペパーランドに持っていったのが始まりで、早くも10年もの月日が過ぎました。このペパーランドで音楽を通して人との繋がりや、音楽のやり方など多くの大切な事を学ばせて頂きました。蓮獄より3倍以上も歴史のあるペパーランドで大切な時間を過ごせた事を何より嬉しく思います。ペパーランドという場所は皆にとって無くてはならない存在です。この先もずっと存在していかなければならないスペースとして在り続けて下さい。¶続けていくことの大切さや難しさをかみ締めて、ペパーランドありがとう!!そして、おめでとう!!!
蓮獄 : Dr.かまち

ペパーランド様!¶35周年誠におめでとうございます!¶我々は今年でやっとこさ10周年を迎えることが出来ました!怒涛の90年代を駆け抜け、生涯若手を貫きましたo(≧∇≦)o 今年は大先輩のペパーランドで記念GIGSを行うことが出来て、とても嬉しかったです!¶これからも、バンドマンの魂が発火出来るライブハウスとして、また岡山No.1ライブハウスとして君臨して下さい!¶今後とも夜露死苦DEATH!¶35年かぁ、僕ぁ当時精子にもなってないなぁ…‥
蓮獄 : Vo.イッチー

35周年おめでとう御座居ます!¶自分にとってペパーランドとは、常に自分に何かが出来ると信じさせてくれる空間です。¶今後もペパーならではのカルチャーを期待しております!
モスキートンズ、マビキ団 : 横山ヲサム

35周年おめでとうございます!!!¶そして、能勢家、STAFFの皆様いつもありがとうございます!¶ジャンルを問わず色んなアーティスト達が集まってくるPEPPER LANDが大好きです!
陀佛-DABO-主宰,SOLIDLIZM : DJ 識

ペパーランド35周年おめでとうございます。オーナーの能勢伊勢雄氏とはオープン以前からのご交誼があり、とても感慨深いものがあります。ペパーランドはライブハウスという領域を超えて、岡山のサブカルシーンを主導してきた拠点というのが、私の印象です。能勢さんにはこれからも知の極北を巡り続けていただくとともに、スタッフみなさんのご健勝をお祈りいたします。
NPO法人アートファーム代表 : 大森誠一

PEPPER LAND 35年おめでとうございます!¶¶「岡山には、能勢伊勢雄さんという知の巨人がいて、PEPPER LANDという前衛の実験空間がある!」¶と思うだけで、いつもワクワクした気分になり、ずっと気持ちの支えとなってきました。¶【そもそも能勢さんとの出会いは、私が大阪で学生時代を送っていた頃だから、ざっと20年前になる。】¶…という書き出しで『スペクタクル 能勢伊勢雄』展の図録に文章で¶参加させていただいたのが2004年のこと、あれから早5年経ったのですね。¶現在、私は東京で左官職人の道を修行中の身ですが、¶PEPPER LANDには、1990年ロックマガジン主催の「バロウズナイト」というイベントではじめて出演させていただきました。¶当時はPBCというインダストリアルバンドで鉄を叩く役目を!?していました。¶店内にドラム缶やメタルジャンクを持ち込み、火花を出したりと随分過激なことさせてもらいました。¶最高の音響装置での爆音ライブ!楽しかったな〜〜〜。¶¶世間では中々受け入れてもらえない我々のアバンギャルドな活動を評価して下さり、¶翌91年には伝説の「備前アートイヴェント」へ出演要請してくださったのが能勢さん。¶会場となる備前の大地に直径20メートルの巨大な炎の曼荼羅を作り、¶その中で男たちが泥だらけになってパフォーマンスを繰り広げる!!という、¶今では危険すぎて実現不可能とも思えるプランにゴーサインを出し、¶無事成功させることが出来たのは能勢さん、PEPPERのみなさんのおかげです。¶¶また、この公演の模様は能勢さんが16ミリカメラで記録撮影してくださり、¶『GOD+ANALOGIA〜神とアナロギア』という映像作品になりました。¶10数年後『スペクタクル展」倉敷市立美術館で完成上映を実現させることができました。¶そして能勢さんの16ミリカメラ愛機BOLEXは、その後¶「なんとしてもフィルムで作品制作をしたい!」という私の元に届けられ、¶拙作『One Day Eterniday 〜 永遠の特別な一日』 立体アニメーション映画の撮影に使用させていただきました。¶おかげでこの作品は、2005年「TBS DigiCon6+1 Award 」の審査委賞受賞、¶2006年 第28回東京ビデオフェスティバル 佳作入賞と立て続けに賞をいただきました。¶これまた完成までに10数年かかったこの作品は、度々の技術的なアドバイスを含め、¶能勢さんの後押しがあってこそ挫折せずに形にすることが出来たのです。¶¶以降、ことあるごとに能勢さんとの親交は続き、¶能勢さんが美学校講師で上京されるタイミングでお会いできるチャンスが増えました。¶お忙しい中、私の展覧会にも足を運んでいただきうれしかったです。¶¶さらに、2007年私がアーティスト参加した 「BIWAKOビエンナーレ」では、¶近江八幡に滞在してアニメーション新作の公開制作を行うにあたり、¶能勢さんにはその作品プランの企画段階から相談にのっていただきました。¶¶『迦具土』(かぐつち)KAGUTSUCHI 上映時間 11分23秒¶エクスパンデッド(拡張した、実験的の意味)アニメーション作品。¶「かぐつち」= 私たちと地形の間に刻み込まれた古代からの記憶¶それを近江八幡特産のかわら粘土を使い、琵琶湖を舞台とする物語として古代史の謎を浮かびあがらせるものである。¶【 企画・監修 】能勢 伊勢雄¶【 音楽 】JINMO 自然倍音完全音階演奏『 Ascension Spectacle 』より ¶【 制作/アニメーション/監督 】ジャン・ピエール・テンシン¶¶準備段階では能勢さんといっしょに、滋賀県立琵琶湖博物館に取材し、琵琶湖の成り立ちを研究した上で制作に臨めたことはとてもありがたい思い出です。¶さらにJINMOさんに引き合わせていただき、発表前の楽曲『 Ascension Spectacle 』を¶特別に使用させていただく栄誉を得たことも感謝に堪えません。¶このすばらしい奇跡の音楽に出会えなければ、『迦具土』は完成できなかったことでしょう。¶¶『迦具土』を作り終えた私は、あらためて日本の風土風水に気づき、¶それまで長年携わってきたテレビのディレクターの職から離れ、¶心機一転、「左官職人」の道に軸足を移した日々を送っています。¶近い将来、「古来から伝わる伝統技術・左官の技を生かしアートとの融合を果たせる作品を発表したい!」¶と画策していますが、きっとまた能勢さんには数々の貴重なアドバイスを受けることでしょう。¶今後ともご指導のほど宜しくお願いします。¶¶また、PEPPER LANDにも遊びにいきたいです。¶その際には能勢さんが、かねてから温めているらしいメタルパーカッションでのイベント!?¶で暴れさせていただこうかな!!!!!!!!!¶最後に、岡山PEPPER LANDのますますのご発展と、能勢さん、スタッフの皆様のご健康を心よりお祈りしています。¶
映像作家,美術家,メタルパーカッショニスト : ジャン・ピエール・テンシン

一番最初に音楽が生まれる瞬間を見た場所。¶一番最初にLiveの素晴らしさを知った場所。¶一番最初にLiveの恐ろしさを知った場所。¶¶ペパーランドは私にとって全ての”音楽の一番最初”が詰まったLiveハウスです。¶これからも、一番最初を見つけに行きます!!
FM岡山 番組ディレクター : 梅野和幸

盛り上がりすぎて、汗でお化粧が全部落ち、あわてたこともあったなぁ…。¶ライヴの魔法を何度もかけてもらった、私の大切な場所。¶これまでも、これからも。¶35周年、おめでとうございます。¶
FM岡山 トワイライトペイブメントDJ : 藤岡明美

PEPPER LANDに初めて出演してから3年ちょっと、音楽のこと、映画のこと、本のこと、手に余るくらいの大切なことを沢山もらいました。¶¶PEPPER LANDに行くと、すごく『勇気』のようなものをもらって帰れる気がします。¶これからもずっと、PEPPER LANDで成長させてください!¶35周年、おめでとうございます!
uniTONE : 大森敬介

35周年おめでとうございます。私の生まれる前から岡山に文化を発信し続けるペパーランド。今や押しも押されぬ存在です。これからもあらゆる年代の人が、感動や刺激を求めて集まれる場所でありますように!
新聞記者 : 和泉敦子

PEPPER LAND 35周年おめでとうございます。¶Zuvuyaのパーティでどっぷり遊んで、自分自身も何度か演奏させていただきました。¶先日の響音楽祭で伊勢雄さんに聞いて分かったのですが、なんとペパーランドオープンと私の産まれた日が同じとのこと!?¶こういう符号の一致にますます親近感を持つようになりました。¶これからも音楽とアートを愛する人達のパワースポットであり続けてほしいと思ってます。
フォトグラファー,MIXTRIBE : 川村昭公

35周年おめでとうございます。¶ペパーランドがここに、一緒に、いてくれて本当によかった・・・と心底おもっております。¶ありがとうございました。これからも宜しくお願い致します。
岡山遊会 メンバー : 西谷勝彦

35周年おめでとうございます!¶超絶濃い時間が流れるペパーランドで、鼻血が出るくらい本気の遊びを色々教えてくれる諸先輩方。¶これからもよろしくお願いします。
あくびクリミナルズ : 岡崎隼

ペパーランド、¶この魔法の国みたいな名前には、魔法使いがぴったりっておもっていました。¶¶そしたら、能勢さんという現代の魔法使いの住む、本物の魔法の館だったのです。¶¶さっそくですが、ペパーランドの王さま、能勢さんの呪文にかかると、¶¶愛とか勇気とか信念とか¶人間が活きるのに必要な¶もろもろが¶心にむくむくわいてくるのです。¶¶きっと魔法の館を音連れたことのあるみなさんならたぶんとっくにミラクルにであわれていること数しれず?¶ミルクレープみたいにこれからも、ハッピーでスイートなヒストリーが、いっぱいいっぱい美味しく重ねられてゆくのでしょう。¶そんな妄想というか、憧れというか、希望というか、予感と言うか、¶¶魔法の館、35年目のアニバーサリーを積極的にお祝いしつつ、¶楽しくなりそうな魔法繁栄的未来を、まったりゆったり願ったりしたいです。
両備オープンラボ,魔法使いの弟子 : かめいえみこ

能勢伊勢雄先生とお会いしたのは、ギャラリー册で開催した企画展「ルドルフ・シュタイナーと芸術」のサロン、第2回目の開催時でした。あいにく、1回目の先生の講話は逃してしまっていたのですが、2回目の講話の後、会場で何故か、先生に引かれるように、お会いして、お話をうかがいました。私にとって、先生のお話の内容は少し難しかったのですが、でも、強く、感じるものがありました。「へえ面白い!」と共感を覚えると、先生が「おもしろいといってくれるなら」といって、貴重なご著書、を両手いっぱい下さったのです。驚。そこから先生の世界に触れる機会を得ることになったのですが、、、。第2回山のシューレでは、「人類の救いとしての共同性—岡山大学紛争が現代に投げ掛けた問い」と題して、先生が7年もの取材を通じて、映画を創り、見つめてきたことを、お話いただきました。準備段階から、少しずつ、先生の映画にかける想いに触れることができ、また、すべての行程で、本気で生きられている、コトを、深く見つめられている先生の姿に感銘を受けました。大雑把な私にも、いつも愛情深く、優しく、親身になって、寄ってくださいました。PEPPER LAND35周年、心よりおめでとうございます!まだお伺いしていないのですが、先生のライブハウスの空気は、きっと、皆が身体を寄せ合いつつも、人間として、熱く、思想を深めているような、共同体のようなところなのでは、、、そう、そしてぴりりと、スパイスの効いたところなのでは?!と、想像を膨らませています。是非、お伺いさせていただきたいです。今後の益々のご活躍を心よりお祈り申し上げます。そして、また来年のシューレでも宜しくお願いします☆
株式会社 二期リゾート/アート・ビオトープ : 石渡美優

祝!おめでとうございます。¶Phenomenaをはじめ、本当に色々とありがとうございます。これからもすばらしい場所でありますように。
ガラス作家,Phenomena : 森美樹

我が青春のぺパーランドが、世代を越えて息子の青春のぺパーランドになった。知りたがらない若者たちは、そのライブハウスの深い歴史と意味に気付かず、通りすぎて行く。サブカルチャーに許された実験精神の可能性が渦巻くぺパーの旋律を体に感じた子供たちは、自分の成長の核をいつか知るだろう。ぺパーランドに、感謝をこめて、ありがとう、35年。
市議会議員 : 北川あえ

僕がライブに出させてもらいだして10年くらい。気がついたらビデオハッキングや遊会にも行くようになって、伊勢雄さんに写真を習うようになって。慶子さんと盆栽教室に行ったり。¶僕にとってペパーランドはいつでも好奇心をかきたて、沢山のことを教えてくれ、考えるきっかけをくれる特別な場所です。いままでもこの先も。きっと。¶これからもよろしくお願いします。¶35周年おめでとうございます。
ケッチ,Phenomena : 岡茂毅

ペパーランドとの出会いは何年前やったかなあ。あれは確か俺達がまだアンダーグラウンドっちゅう自由の世界で暴れ回っている頃の話や。¶¶「ルーシー&ザ・リップなんちゃら」とか名乗る火星音楽隊と手を組んで「日本侵略作戦」という名目のツアーで全国を飛び回っていた訳やけど、そのツアーの岡山編の舞台がずばりペパーランドやった。¶¶俺達とペパーランドを繋いだのは皆さんご存知「the telepathys」。巡り合わせてくれて感謝してまっせホンマ。¶¶そんなこんなで初めて岡山の地を踏んだ訳やけど、やたらと中古自転車屋の多い町やなあと思ったのが最初の印象やね。ゴミゴミしたコンクリート・ジャングルなんかよりも、やっぱり空が大きく見える田舎が好きやねん。岡山はええ町やわ。¶¶そしてペパーランド入り。どこの地方にでも一つはあるような、古くから愛されてきたんやろうなと思わせてくれる個性溢れるフライヤーだらけの外観。お世辞にも広いなんて言われへんけど味のある雰囲気たっぷりのフロア。一発で気に入った!¶¶順調にリハーサルを終え、本番までのワクワク感の中、同じ道沿いにある和菓子屋のわらび餅を頬張り絶好調。さてどないしましょかって時、ついに慶子ちゃん登場。¶¶telepathysから「オーナーを紹介する」と言われて「どんなオッサンやろなあ」なんて思っていると、現れたのは何とも可愛らしい慶子ちゃんやった。¶¶めずらしいオーナーやなあと感心しつつ会話を交わしている時、ホール内の看板に刻まれた「since 1974」が目に飛び込んでくる。¶¶「え?1974年?」ビックリした俺の言葉に合わすように慶子ちゃんは独特のフンワリした口調で淡々と話し出した。ついにペパーランドの歴史の扉が開かれた。¶¶知識は無いものの昭和のサブカルチャーにちょびっと興味がある俺は、自分が年齢的に体験できんかった時代をリアルに目の当たりにしてきた慶子ちゃんの何気なく放つ言葉、そして今、その歴史を詰め込んだ空間の中にいる事に興奮した。とにかく無性に嬉しくなったのを覚えてるわ。¶¶慶子ちゃんの話すエピソードの中で特に印象に残ったのは、1980年代のラフィンノーズ in ペパーランド。¶¶その当時、絶大な支持を得ていたと言われ、今もなお最前線で輝き続けるラフィンノーズが若かりし頃の岡山公演。田舎町ではありえへんほどの少年少女達がペパーランドに集まったというから驚きや。¶¶でも当日、リハーサルの時間になってもラフィンノーズは現れへん。そして本番ギリギリに到着。なんと殺人的な渋滞に巻き込まれとったらしい。何時間も渋滞に揉まれて到着後すぐに本番、なんていうピリピリする場面で更に、慶子ちゃんはラフィンノーズの面々に衝撃のお願いをする事になる。¶¶集まった少年少女達はペパーランドに全く入りきれへん。でも何としてでも全員にラフィンノーズのステージを見せてあげたい。慶子ちゃんはボーカルのチャーミーに事情を伝え、思い切って言った。¶¶「どうか今日集まった皆の為に2ステージやってくれませんか」¶¶同じ状況で俺がこのお願いをされたとしたら、承諾したとしても、言われた瞬間少しは戸惑ってしまいそうな気がする。情けないけどそう思う。¶¶でもチャーミーは一瞬の戸惑いも見せずに当たり前のような笑顔で即答した。¶¶「わかりました」¶¶そしてラフィンノーズは全力で2ステージをこなして、少年少女達に最高の夜をプレゼントしたという。¶¶慶子ちゃんはその出来事からチャーミーを尊敬して「あんなにカッコイイ人は他になかなかいない」と言う。俺自信、その話を聞いただけでラフィンノーズとしてだけのカッコ良さじゃなく、人として、男としてのチャーミーのカッコ良さに触れた気がして更に憧れたし、他人が話すエピソードごときで自分との器の違いを見せつけられて悔しい思いもしたね。やっぱりスゴイ男やわチャーミー先生は。¶¶あれ?ラフィンノーズの話してるんやったっけ?いやいや、こんな歴史の教科書に載りそうな震え上がる出来事がペパーランドで実際にあったっちゅう事実が大事やねん。¶¶まあ強引に話を戻すけど、自分のステージ前にそんな話を聞いて俺は燃えた。オープンが近づくにつれ、その想いに答えてくれるかのようにお客さんが集まりだす。そしてついに出番がきた。初岡山はとにかくめちゃくちゃ熱かったわ。岡山なかなかやるじゃない!完全燃焼や。¶¶大満足のステージ後、ペパーランドの前で談笑してたんやけど、パッと見たら端っこの方でおじさん(おじいさん?)が椅子に座ってタバコを吹かしてた。俺は無性に気になってもうて話しかけた。ここでついにペパーランドのボス・伊勢雄さんの登場や。¶¶俺達のステージを見てくれたという。元気があって宜しいとお褒めの言葉を頂いたわ。そして俺達に足りない部分の指摘もされた。いつもなら初対面でそんな事言われたら「ふざけんな!」となりそうなもんやけど、伊勢雄さんの何ともノンビリした物腰を前にそんなトゲは立たんかったなあ。¶¶指摘された内容の的確さにも驚かされた。自分でも薄々と感じてた部分をハッキリと指摘されて「あ、この人は真剣に見てくれてる」と感じたね。これは愛やね、愛。¶¶そんな感じで、伊勢雄さんと話すのが楽しくて楽しくて仕方なかったけど別れは必ずくるもんや。俺は車に乗るのが嫌で嫌で、このままこの夫婦の息子になって岡山に残りたいとまで思ったわ。¶¶それから数回ペパーランドでは演奏させてもらってます。岡山いく時はライブをする楽しみよりも、あの夫婦に会えるっちゅう嬉しさの方が強いかも。今まで全国で数々のライブハウスを回ったけど、こんな気持ちになるのはここだけやでホンマ。¶¶¶俺の中で全国ライブハウス・ランキングを付けるならば、ペパーランドはダントツで1位に輝くやろう。¶¶慶子ちゃんといい、伊勢雄さんといい、大好きな親戚のおっちゃんおばちゃんとしゃべってるような錯覚に陥ってしまうあの雰囲気、最高や。¶¶例え、俺達がこの先とんでもない人気者になってしまっても、岡山公演だけはずっとペパーランドでやれたらいいなと思う。¶¶伊勢雄さん、けーこちゃん、35年間もホンマにお疲れ様。そしておめでとう。これからも元気でいてね!
JAPAN狂撃SPECIAL : Dr.昭和過激(かー君)

35周年おめでとうございます!¶若い才能あふれた新世代バンドが集まり続け、岡山のロックシーンが熱いのは、ほんとうに能勢家の人柄だと思います。¶ペパーランドに行くと、なんだか実家に帰ってきたようなそんなあったかい気持ちになります。¶そんな素晴らしい感性、人柄ともに見習いたいです。¶これからもほんとお世話になりますっっ。
ビクターエンタテインメント : ただくまちえ

うだつのあがらぬロックバンドを10年、かっこ悪くたって決して惰性じゃない日々。まだまだ何かありそうな気がして止まないから、今日もこうしてやって来た、PEPPER LAND。再開発の風吹き荒れる岡山西口の、冴えない六畳一間に寝起き。電気は去年の春から止めっぱなしでお構いなし。おいしいバイトに目を光らせ、小銭を稼いでは、愛すべき仲間達と共に日々明けて暮れて…。僕のバンド、ケッチがPEPPER LANDに出させてもらうようになって、早いもので8年が経ちます。PEPPER LANDが生まれて35年。僕が関わってきた時間なんて、その中の4分の1にも足りませんが、今や僕にとってPEPPER LANDは、かけがえのない遊び場、学び舎としてすっかり生活の一部となりました。僕自身もまた、PEPPER LANDの一部となっているように思います。PEPPER LANDを介して、音楽だけにあらず、様々な表現やそれらが秘めたる霊統が交わりゆきます。表現する者とそれを愛する者が日々出会っています。35年と言う月日の中、幾多の表現が繰り広げられ、歓喜の声が響き渡り、また、汗や涙、唾や時には血が滴り落ち、幾重にも染み込んでいる場所。しかし決して、古めかしいたたずまいや、語り種の昔話が売りなのではなく、今も"現役"として、スタッフや設備を更新しながら使われ続けている場所であると言う事が素晴らしく、偉大なんだと思います。PEPPER LANDは、僕らが求めるなら求めただけ、様々にかたちを変えてそれに応えてくれる器です。しかしながら、僕らはまだそれを存分に使いきれてはいないように思います。これから先、僕たちはその使い方をもっともっと掘り下げてゆかねばなりません。PEPPER LANDが35年間保障してきた表現に於ける"自由"を、今こそこの手に!そうやって僕らが使い続ける限り、PEPPER LANDは不滅なのです。我らがスウィートホーム、PEPPER LAND!天下無敵のPEPPER LAND!最後になりましたが、そんなPEPPER LANDを生み出し育んできた伊勢雄さんと慶子さんのお二人に、最大級の敬意と感謝を表します。35周年おめでとうございます。これから先も、まだまだ末永くよろしくお願いいたします。
ケッチ,BOMB KETCH,まるごし WORLD WIDE RECORDS : 石原慧

ビバペパーランド!35年も愛されながら続いてるライブハウスなんてなんて素晴らしいのでしょうか。羨ましい…FEVERはまだ一年も経ってないのでPEPPER LANDのように皆様に愛されるLIVE HOUSEになるよう頑張ります!また遊びに行って夫妻のちょっといい話、聞きたいっす。
LIVE HOUSE FEVER : 西村仁

35周年おめでとうごさいます。¶ペパーでバイトさせて頂いた頃から、もう19年も経つんですね。¶あの頃1989年バンドブーム後半戦。バンドブームに乗って音楽を好きになり、CDを買いライブにいく。そして、ペパーに何度も足を運ぶようになりました。その頃の一番の目当てはクラックザマリアン。¶そんな私がペパーランドでバイトを始め、色んなパンクをまず教えてもらい、スターリン、SOBなどを知り興奮してライブを見てまた刺激を受け、スラッシュなるもので頭を振る文化を覚えたのもこの頃。お気に入りはUNITED、さらにはプログレなるものもおそわり。ZOA、DOOMなど、知りたいと思ったら必ず見れるのがペパーランド。そして、もう一つ、ちょうどクラブカルチャーが生まれた頃。年末ペパーはライブ終了後クラブ仕様へ。ストロボがたかれ、4つ打ち音楽が流れました。この頃はレーベル買いという言葉を覚え、ちょっと真似っこでXLやRSを買ってみましたが、膨大にあるのでよくわからず、マスターにきいては、メモ書きしたものです(笑)マスターのレコード室はツアーバンドの楽しみでもありました。打ち上げの後戻ってきて朝まで物色しているのも、珍しい光景ではなかったのを覚えてます。聞きたいと思ったときもペパーランドでした。その後、四谷のライブハウスフォーバレー〜ソニーミュージックで働き、最近二人目の子供を産むまで、音楽とずっと仕事ができました。ペパーにいた事は岡山から上京した私には自慢であり、御守りでもありました。ペパーに行ったアーティストたちは、必ず慶子さんを覚えていて、話をするきっかけとなりました。本当にありがたかったです。¶今は少し育児に没頭中。気づけば長女小学校1年生。思えば初めてあった、遊神くんもこんな大きさだったきがします。¶ペパーの二階にいくと、聖紅ちゃんがキーボードをひいていて、遊神くんは本を読んでいて、ライブハウス好き?ってきいたら、うるさいからやだっていってました(笑)¶¶そんな遊神くんが、今度はしきる50周年、100周年目撃したいです!¶そのときもコメント書かせてね!!
元PEPPER LAND STAFF : 水広子

35周年おめでとうございます¶まさに継続は力なりですね。¶伊勢雄様と慶子様が育む若き創造と文化、そして誰もが羨むお二人の美と健康、万物に注ぐ永遠の愛に感謝しております。
Corrupted : Chew

まずは能勢伊勢雄氏のPEPPER LANDが35周年と言う長い歴史を築きあげて来た事に尊敬の念を示すとともに、日頃より私のバンドのサウンドと姿勢をこよなく愛して下さっている氏に改めて感謝の言葉を送りたいと思います。¶私が初めてPEPPER LANDに出演させて頂いたのは1994年頃だと思います。その頃とは周りの風景も変わってしまいましたが、今だにPEPPER LANDはあの場所でいつも私を迎えてくれます。能勢氏から時々送られてくるフィルム上映会の案内などを見ながら、早くから日本における「ライブハウス」(個人的にはこの言い方には疑問を感じているので違和感はあるのですが…)の可能性を探求し続けている姿勢にいつも驚かされています。また、氏にはグラフィティ関係でも多大なるご支援を頂いており、公私共々でお世話になりっぱなしです。ともあれ35周年という事ですが、まだまだこれからも老舗の「ライブハウス」としていつまでもあの場所で新しい感動をさまざまな人々に与え続けてくれると信じて止みません。今年は残念ながらそちらに伺う機会がありませんでしたが、今後ともよろしくお願い致します。
Corrupted : HEVI , NBS : COSAONER

俺達がバンドを始めて、ペパーランドに出させてもらってから10年、¶そのもっと前からペパーランドはありました。¶今より、もっと悪い環境だっただろうけど、そんな時代から35年間変わらず、色々なミュージシャンを支えてきてくれました。¶ペパーランド、35年間ありがとうございます。そして35周年おめでとうございます!
GxSxD : 岡 祐介

今後はペパーランド入場の際、¶「マカロニレコード入ります!!!土足で失礼します!!!」¶と大声で一礼させて頂きたいと思います。¶先輩!35周年おめでとうございます!
マカロニレコード : まかろに

ぺパーランド35周年、おめでとうございます!!¶10年近く前にスタッフをさせて頂いてました、谷野です。¶コメントのお話を慶子さんからの電話で伺ってから、だいぶ日数が経ったのに、何を書いて良いのかうまく纏まらないまま、〆切日がきちゃいました。¶何をするでもなく夜中まで居座ってたり、伊勢雄さんに美術館や博物館に連れて行って貰ったり、慶子さんに悩み相談したり、思えば私フラフラしてただけなんですが、、¶今はライブハウスを辞めて違う仕事をしているけれど、千葉のライブハウスでブッキングをすると決まった時も、慶子さんに相談に乗ってもらい、時々「タニー元気?」と気にかけてくれて、慶子さんの声を聞いてほっとしたことが何度もあります。¶突然店長になり、ブッキングも1人という状況でドタバタな毎日だったけれど、ぺパーみたいな場所を創りたい、慶子さんみたいなブッカーになりたいっていう目標のおかげで頑張れました。¶¶ライブハウスっていう地盤の無い時代にそれを創り、継続していくこと、計り知れない苦労が沢山あったと思います。¶伊勢雄さん、慶子さん、ステキな場所を創ってくれて、ずっと守ってくれて、有難うございます☆¶ぺパーが大好きな全ての人に、祝!35周年!!
元PEPPER LAND STAFF : 谷野友香

「Live Houseペパーランド」35周年、おめでとうございます¶。“領域を跨ぎ、個別領域に関連を見出し、世界をひたすら繋いできた”「ペパーランド」。¶岡山発というのがすてきです。さまざまな表現が行き交う場所として、¶今後もますます発展されることをお祈り申し上げます。
ネットTAM運営事務局(トヨタ自動車・宇野あかり/企業メセナ協議会・若林朋子)

2年前の夏に東京での活動形態「フライト・オブ・イディア」とは別に¶ひとりでポエトリーロックを標榜し、何も縁がなかったのに突然訪れることが出来たのが私とペパーランドとのはじまり。¶多様なジャンルの表現者が伸び伸びと演じる時間を共有して、¶自己のおかしな表現が普通に思える数少ない場所です。¶¶嬉しかった。¶¶2度目の旅でようやくバンドで訪れることが出来た09年の夏。¶前後にひとりで全国を回り、どうやら大阪辺りから磁場が狂い、¶岡山辺りに来ると私のおかしな周波数とチューニングが合ってくる。¶どうやらペパーランドは自らのチューニングを合わせる場所のようです。¶¶ライブ終了後出演者が、どこのカレー屋に行こうかと真剣に30分以上も¶討議が交わされる素敵な場所があることが、私のみならず¶たくさんの表現者のひとつの救いになっている。¶¶ありがとう。
詩人/ラジオDJ : 東雄一朗

35周年!¶わお、キティーちゃんと同い年!¶ウルトラセブンと同い年!¶名駅地下街「テルミナ」と同い年!¶山本譲二も35周年!¶って「35周年」でググってみただけです…。¶40周年の時はPEPPER LANDが一番上に来るようにオレがしてやる!
Electric Eel Shock : 森本明人

ぺパーランド35周年おめでとうございます。出不精の私は、広島から殆ど出ないですし、ペパーに限らずライヴハウスにも殆ど立ち寄ることがありません。なので、アート関係の能勢さんとののコラボのことくらいしか書けません。ご容赦ください。能勢さんとコラボをし始めたのは、もう亡くなられた松澤宥さんと三人で「消滅するヒロシマに捧げる九つの詩」を制作したのが最初でしたでしょうか。それは、倉敷市立美術館で発表しました。その後二人だけで「渦と記憶」という作品群を制作していくつか東京のギャラリーや岡山のギャラリーで発表しましたね。能勢さんは、ただのライヴハウスのオーナーではありません。アートの他にもヴィデオの上映会や、毎回講師を迎えて遊会という傍からは羨ましいような会を開催してこられました。それらは、ペパーランドが会場でした。今や、文化は、ライヴハウスから発信されるのだ。そのような消息が岡山から今や全国に届きつつあるのではないでしょうか。ペパーの活動が若い人たちに受け継がれて今後も末永く発展されることを願っております。
画家 : 植田信隆

ペパーランド35周年、おめでとうございます!(といっても夜が弱くなった最近、すっかりご無沙汰してますが…)¶遊会やビデオハッキング、行きたいなあと思いつつ、夜が(以下同文)。¶スペクタクル展はじめ、共鳴する美術など職場でお世話になりました。また何かご一緒できる機会があればいいですね。では月並みですが、これからも頑張って下さい!
倉敷市立美術館学芸員 : 佐々木千恵

音楽と思想をコアにした、このような運動の場所を他に知りません。¶20年前にここで受け取ったものは、今も自分の中で熱を失っていません。¶ペパーランドの35年に心から敬意を表します。
文芸誌「新潮」編集長 : 矢野優

PEPPER LAND誕生35周年おめでとうございます。¶35歳ですね!還暦の際は、改めて御祝いさせて頂きます。頑張って下さい(笑)
G(ジー)主宰 : 本多將昭 

このたびは35周年おめでとうございます。¶岡山と広島の県境で生まれた私にとって、青春時代、岡山ペパーランドはあこがれのライブハウスでした。¶それなのに、恥ずかしながらいまだかつて伺ったことがありません。¶今は私もほそぼそと音楽をやっていますので、いつか出演させていただける日が来ることを夢見ています。ペパーランドの今後のますますのご発展をお祈りしています。
コンピュータ音楽家、大学講師など : RAKASU PROJECT.

ぺパーランドは芸術だね。その思想のファンです。これからもよろしく!
STANCE PUNKS : Vo.TSURU

岡山PEPPER LAND、35周年おめでとうございます。¶はじめてツアーで訪れてから10年近く経ちますが、毎回能登谷くんがライブに来てくれるので助かります。またライブやるときはお願いしまーす。
STANCE PUNKS : Ba.川崎テツシ

祝!35周年!長年にわたり、人の熱気と汗の染み込んだライブハウスってのは、得体の知れないパワーが宿ってるように感じます。さらなるパワーアップを期待してます☆
STANCE PUNKS : Gu.勝田欣也

岡山ペパーランドと言えば伊勢雄さんと慶子さん。¶ライブ終了後、いつもきさくに話かけて頂いております。温かいペパーランドでまたライブできる日が楽しみです。35周年おめでとうござます!
STANCE PUNKS : Dr.柿健一

ペパーランドがあるから、岡山に来るんです。岡山県民は誇りにすべし!!WE LOVE PEPPER LAND★
STANCE PUNKSスタッフ : 田中ヒデ

ペパーランド35周年おめでとうございます。¶店内はまさに「ライブハウス」だけど、中身は俺たちの想像する普通のライブハウスとはちょっと違う、独創的なスタイルをもったライブハウスだと思います。¶7,8年前、ELLEGARDENで初めて出させてもらった時、慶子さんがトップで出て演奏していたことや、元気玉の話をしたことが凄く印象的で今でも覚えています。これからもまだまだ続けていってください。また行きます。
Nothing's Carved In Stone : Gu. 生形真一

岡山ペパーランド35周年おめでとうございます。多くの若者が音楽ライブの登竜門として必ず語られるライブハウスペパーランド!¶岡山の音楽の世界は無くてはならない存在です。(私の甥っ子もお世話になりました(平田祥一郎))¶私にとってみれば音楽はジャンルを問わずまた、写真、映画作りやアートの世界まで数多くの世界を教えていただきました。¶これからも岡山を拠点として益々のご活躍を心よりお祈りしています。¶お体にはくれぐれもお気を付けて‥‥今後とも宜しくお願いします。¶また楽しいことしたいですね。。。。。
art space テトラヘドロン アイウエア カイロス : 平田京子

ペパーランド35周年おめでとうございます!¶私が初めてペパーランドに足を運んだのは7年前の、まだ高校生の頃でした。¶オーナーである伊勢雄さんやマネージャーの慶子さんを始めとした、ペパーに集まる個性的な人たちにハマってしまい通い続けること7年。その間に一生ものの経験をたくさんさせて頂きました。¶1年前にPhenomenaメンバーとして伊勢雄さんに写真を教えて頂くようになってからは、遊会などを通して改めてペパーランドという場所の大切さを知り、こんな場所が岡山にあってくれてよかったなあーと思っている次第です。¶みんなのラスカルであり私の師匠である伊勢雄さん。写真の腕はまだまだまだまだ未熟だし、理解力も低い手のかかる弟子ですが、これからもよろしくお願いします!¶私の青春を一緒に過ごしてくれたペパーランドよ、これからもよろしくね。
Phenomena : 岡崎裕子

私にとってはロールモデルであって、イイ意味で仲間です。¶35周年おめでとうございます。今後ともお世話になります♪
DELETE主宰 : MAMO

岡山ペパーランドなんと35周年!おめでとうございます。私の横浜セブンスアベニューがやっと来年25周年なんで3分の1世紀以上!とやっと4分の1世紀ってッ事でこれからも仲良くお願い致します。10年ひと昔、と言いますが 10年で何ができるのか、やっとその意味がわかってきました。ロックの初期衝動は素晴らしいけど、20年も30年もかけて時代に洗われ認められ文化は育っていくものだという事を最近実感してます。これからも岡山という地に着いた音楽文化の拠点として大活躍してください。私も一生懸命追っかけますので。でも最近経済状況と体力が共に息切れ気味です、トホホ。
ライブハウス横浜セブンスアベニュー,代表取締役プロデューサー : 椙江茂起

祝!35周年。岡山だけに止まらず日本のカルチャーを牽引し続けておられる姿勢に頭が下がります。僕にとってPEPPER LANDは、ここに来れば、いつも何か新しいものに出逢うことのできる刺激的な所です。これからもいろいろ勉強させて下さい。
テレビせとうち株式会社 報道制作局 制作部/報道部 : 高田肇

35周年おめでとうございます。¶この35年変動する社会に対峙して、先鋭的な音楽の世界をARTを提供し切り開き続け、世界に向け斬新な表現を発信するPEPPER LANDそして能勢伊勢雄さん、これからのご発展を祈ります。
美学校代表 : 藤川公三

能勢さんとは33年前に岡山で数回お会いしています。¶当時、私はCosmographiaという実験音楽バンドと喫茶店を営み、赤松雅信氏とペパーランドでライブをさせていただいたような記憶があります。¶その後、私は東京の美學校へ行き月日が流れ、2004年に東京で能勢さんと偶然に再会いたしました。¶以来、博識な能勢さんを美學校「創造の錬金術師養成教場」に特別講師としてお招きしております。来年度から美學校岡山校が発足し、能勢さんの教場「プレグナント表現養成講座」が開講される。ペパーランドの新しい歴史が刻々と刻まれていくのが楽しみでなりません。
美術家,展覧会ディレクター : 伊丹裕

35周年おめでとうございます。¶35という年月に胸が震えます。
なタ書オーナー : 甘利彩子

ペパーランド35周年、おめでとうございます。¶20世紀から21世紀にかけて、能勢さんを先導に龍を巡る旅を同行させていただきました。¶旅慣れていない小生が、不意に龍の鱗に触れた時、ペパーランドで、何度も治癒していただいたことを、終生、忘れることはないと思います。¶また2000年の言挙げの続きをペパーランドで語れる日を楽しみにしております。
「龍の國・尾道」展 担当学芸員 : 梅林信二

外の外の外の外の外部の人間で良くわかっていなくてすみません。でもあの静かなのどかな学南町にライブハウス35周年というのは凄いことですよね。おめでとうございます。
シュタイナー治療教育・アートセラピー : 加藤庸子

戦国時代に備前、美作の国をおさめていた岡山城主の宇喜多直家は、東に織田、豊臣、西に毛利、尼子 、四国に長曽我部などの大大名の脅威にさらされながらも独立を保ってきました。¶¶息子の秀家は、天下分け目の関ヶ原の戦いの際。¶ほとんどの豊臣恩顧の大名が目先の利益に走り徳川方の東軍に付く中、宇喜多秀家は義を貫き豊臣方の西軍で主戦力として戦い、後世に名を残しました。¶¶その次に備前、美作50万石の国をおさめたのは豊臣恩顧の代表的な大名で西軍にありながら、合戦中に東軍に寝返った小早川秀秋です。当たり前ですが、あっという間に岡山城主から失脚してしまいます。¶¶ちなみに、岡山でいつも泊めさせてもらっている、自分とペパーランドのみなさんを繋いでくれた心友のSHINTOKA/神闘歌のKaznostic Frontは岡山城の目の前の丸の内に住んでいます。¶¶確かにほんの10年前まで岡山は、それまで東海、関東地方しか知らない(10年以上演劇の世界で活動していた)自分の中では日本史の世界の中でしか接点がありませんでした。¶¶でもこれは今思うに、ペパーランドや岡山の風土や人間性を¶表していて、岡山を第二の故郷だと思うようになった自分の中では、かなり納得出来るモノがあります。¶¶今やそんな自分は、ソロパフォーマンス(一人芝居)においては岡山のアーティストと名乗っても嘘では無い程になりました。¶去年から本番を日本全国各地でやりましたが、岡山でやった回数が断トツで多いです。¶また観客としてもペパーランドに良く通いました。(初舞台もペパーランドです。)自分の着ている服もほとんど岡山産のモノになり、ちょっと前までは、岡山に行くと必ず誰かが「おかえりなさい」と声をかけてくれて、いつもホッとしていましたが、最近は当たり前になるにしたがい、よそ行きの挨拶は無くなりました。¶¶今更こんな事書くのも気持ち悪いですが、この6年間の間で自分の第二の青春を実家というか学舎というべきペパーランドを起点に活動させていただいたから今の自分があります。¶¶やっと本題に入りますが、ペパーランド35周年おめでとうございます。20歳から30歳過ぎるまで、音楽シーンや本当のストリートカルチャーには、ほとんど接点が無かったような東京在住の自分が、今やペパーランドでの様々な企画に呼んでもらいステージに立ちながら育てていただける身分になったのは、本当に感謝すべき事です。¶(ペパーランドに集う演劇や映画以外の様々なジャンルのアーティストからいろいろな刺激をいただきました。)¶¶まずは、能勢伊勢雄さん、慶子さん、そしてペパーランドスタッフの小林さん、沖島君、遊神君、慎太郎君、それから重政君、佐藤君、谷野さん、中西君、 鉄平君他にはNEVER LOSEとソロの両面でも本当にお世話になりました。¶今までイベントを企画してペパーランドに呼んでくれた、Kaznostic Frontを始め、まるごしワールドワイドレコードの石原君、厳状打破の龍君、尾木君。¶¶共演してくれた全てのアーティスト。¶¶何かと本番前に協力してくれる迦留羅(かるら)の岡田君、¶¶ケッチの岡君、BLOCK BASTAの元宗さん、酒井真由美さん。¶¶そして、見に来てくれたり応援してくれた全ての人達。ここ何年かは、誕生日、お盆、正月のどれかは必ずペパーランドで過ごすようになりました。¶¶この先もこの関係を続け、36周年、40周年、50周年とペパーランドが続くように自分も微力ながら貢献していきたいと思っています。¶¶長くなりましたが、¶35周年祝いのコメントと共に、関係者の皆様にこれまでの感謝の気持ちを述べさせていただきました。¶最後に¶PEPPER LAND IS NOT DEAD!!
劇団NEVER LOSE主宰,俳優 : SUSUMU TANIMOTO a.k.a. 谷本進

ペパーランド35周年おめでとうございます。¶私たちの私設美術館はやっと16年目です。¶1年でも長く続けることの難しさはよくわかります。すごい大記録ですね。¶¶東京にはかつて多くのライブハウスがあり、私も若い頃丸山(三輪)明宏や岸洋子、またジャズのナマ演奏を楽しみました。しかしそれらの多くはいまは消えてしまいした。¶岡山での初のライブの活動35周年は、だからたいへんな記録です。¶音楽だけでなく他分野までも視野に入れ一つの文化活動として定着させた事、能勢さんの力量に感服です。¶ヨコハマに今もエアジンというジャズのメッカがあります。東のエアジン、西のペパーランド、40周年50周年を目指して更に頑張って下さい。
美術家 : 若江漢字 , カスヤの森現代美術館館長 :若江はる子

ペパーランド初期に私が一番記憶に残っているのはアメリカンアンダーグラウンドフィルムの上映会です。¶ケネスアンガー、ジョーダンベルソン、トニーコンラッド、スタンブラッケージ、などなど。¶そのとき視た映像は、その後の私の写真やギターに大きな影響を与えました。¶あの時代にそれらの映像が視れたことに感謝しています。¶いつの時代も旬の情報に溢れるペパーランド、35周年おめでとうございます!
ギタリスト、フォトグラファー : 藤原重利

35周年おめでとうございます!¶これからもずっと気持ちいい場所であり続けて下さい!またケイコさんのカレーが食べたいなぁー。
WOLVERINE : 渕上智仁

ち〜ス!¶只今千葉LOOKさんは20周年イベント真最中!って事で、¶わたくしサイトウは人生のピークを圧倒的に堪能中!きゃっふぉ〜〜〜〜〜〜っ!!!!!¶って時に能勢さんから「35周年のコメントを」的なMISSIONが、、、。¶自分たかだか20年で浮き足立ってました。¶35年ですか、、、もはや言葉になりません。¶続けようと思ってそうそう続けられる事ではありません。結局日々の積み重ねが結果35年なハズなんです。¶素晴し過ぎます。グッズで『爪の垢』とか売ってたら速攻通販で買います。¶とにもかくにもおめでとうございます。押忍!!¶
PS. ボPの家のローンは34年。現実はシビアです。
千葉LOOK : サイトウヒロシ

僕が能勢伊勢雄という人物に出会ってもう何年経つのだろう。¶岡山の小さなカフェで“能勢伊勢雄”と知らずに話していた記憶があります。¶お茶を飲みながらのわずかな時間。¶そこで出会うたびの会話から“写真”という哲学が、僕の中に生まれたような気がします。¶もう13年という時間が経つのですよね。¶PEPPER LANDが35周年ということは、僕はまだまだ出会ったばかり。¶これからも末長いおつきあいよろしくお願いいたします。
写真家 : 青地大輔

PEPPER LAND、35周年おめでとうございます。¶映写室のある喫茶店としてスタートした頃は、一世を風靡した“アングラ”ブームは下火になっていた頃でしたが、能勢さんは自ら映像作家であったことから、アンダーグラウンド映画を上映したり、一貫してカウンターカルチュアの灯火を掲げつづけて、今日まで疾走してきましたね。¶40年前にイメージフォーラムの前身であるアンダーグラウンドセンターをはじめたぼくにとって、PEPPER LANDは岡山文化の灯台のような存在としてありつづけました。¶これからも来たるべき若い世代のために、灯火をかかげつづけましよう!
映像作家 : かわなかのぶひろ

既に35年が過ぎた。急げ!!!¶『古い既成秩序を、そのあらゆる側面において乗り越えようと思う者は、たとえ文化の圏内においてであっても、現在の無秩序にわが身を結び付けるわけにはゆかない。文化においても、もはや何も待ち受けることなしに、未来の揺れ動く秩序の具体的な出現のために闘わねばならない。われわれの間に既に存在しているその秩序の可能性こそが、既に知られている文化の形を取ったあらゆる表現の価値をなきものにするのである。あらゆる形態の疑似的コミュニケーションをその完壁な破壊にまで導かねばならない。いつの日か、直接的で現実的なコミュニケーション(高次の文化的手段の利用についてのわれわれの仮説では、それは構築された状況となる)に到達するために。勝利は、無秩序を愛することなくそれを作り出すことを知った者の手にあるだろう。』¶【ギー・ドゥボール/アンテルナシオナル・シチュアシオニスト第1号(1958年6月)から】¶私が生前の岡本太郎氏や池田満寿夫氏とお会いして芸術談義したことを、21世紀の人々は羨んでいる。¶しかし、そんな羨む暇とエネルギーがあるなら、今、生きている能勢伊勢雄氏に会うがいい。¶無秩序を愛することなくそれを作り出すことを知る者だ。¶そして、彼の主宰する儀式の場へ行け。¶きっと来世紀の人々があなたを羨む。¶この発光する過激な脳細胞は、岡山のPEPPER LANDにいる。¶この儀式の場は職能的に”ライブハウス”であると、アイデンティファイできるような磁場からは、超光速で離陸している。¶ここでは新たな美の基準が日常的に生まれ続けている。¶1930年代グランゾーギュスタンのカフェの屋根裏部屋でおこなわれたコントル・アタックの、秘密集会のように……。¶嗚呼、バタイユ、ブルトン、太郎さんの亡霊は、ここに、今、踊りだす。¶我々の二重螺旋は、解剖台の上で出会ったミシンとコウモリ傘のように、きっと美しいに違いない。¶獰猛な知の響宴が始まる。¶炸裂する知の言霊。¶圧倒的な高エネルギー、高密度、高速度、高圧力、高温度、高濃度、高純度、高硬度、高光度な「ポジティブな命の疾走と発光」に、日常の現実感が宿る場所。¶本来、常識(最大公約数)に沿うべき義務などという社会性と絶縁された聖域から、ポジティブな命は無邪気に孤独に大暴れし、絶叫的なエネルギーの蕩尽をおこなうのだ。¶踊り狂いながら、戦車に乗って、爆心地を疾走する……、その凱歌よ、響け!!!¶同時代に、しかも同じ国にこんな場所があり、こんな男がいる……。¶こんな機会、めったにあるものではない。¶この獰猛なる“知”の集積に会い、話を伺い、強烈に触発されている。会わない時間がもったいない。¶会う度に……。¶濃密な時間。¶高速の交流。¶重大な会話。¶あらゆる分野における先端表現のグル、時代の指針である実践者。¶彼は例えるなら、現代に生きるサイバー“南方熊楠”的な博物学の至宝だ。¶そして、天界のハルモニアはここPEPPER LANDに復興する。¶必ずや22世紀の人々が想い馳せる史上の場。¶会っておいた方が良い。¶行っておいた方が良い。¶既に35年が過ぎた。¶急げ!!!¶繰り返す。¶既に35年が過ぎた。¶急げ!!!
音楽家,ギタリスト : JINMO

35周年おめでとうございます。ますますアクチュアルな場所となりますこと期待しています。
写真家 : 笹岡啓子

ペパーランドさま35周年おめでとうございます。¶私、生を享けまして28年、ペパーランドさんにお世話になり2年ほど…ということでお祝いのコメントなど末恐ろしいのですがお祝いの言葉を。¶初めてお邪魔した時からのペパーランドにしかない温かさ、能勢さん(ご夫妻、ご子息)、ジロウさん初めスタッフの方々の空気感がとても好きで、そこですくすく育ったLIVE CLEAN STAY YOUNGにも出会えて、近くの高校の野球場では野球の試合が見れて、近くのホカ弁屋さんの帽子斜め被りのお兄さんはいつもいて…。¶と、稚拙なコメントしか出ず、やはりまだまだお世話になりきれていない不肖な私なのでこれからも是非宜しくお願いいたします。¶最後になりますが、岡山から乗る高速の入り口までのなだらかな1車線の道路も好きだったりします。これでは岡山が好きということしか書けていない気がしますが慶子さんすみません。¶次お邪魔するのは暖かくなってきたころです。¶宜しくお願いいたします。
JUNGLEGYM : 竹内景太

このたびは35周年おめでとうございます。¶35年間、ペパーランドを続けてこられた信念と道筋にすばらしさを感じております。¶私共も、陰ながらシーンを末永く支えていきたいと思っています。大阪から応援しております。
システムエンジニア : 大薗淳二

35周年おめでとうございます。俺達がペパーにお世話になりはじめて早10年ですが、まだまだこれからもよろしくお願いしますね。
HAWAIIAN6 : HATANO

おめでとうございます。しかし35周年は凄すぎます。まるで住宅ローンが完済したような幸福感がありますが、次は花の金婚式を目指して頑張って下さい。
奈良NEVER LAND店長 : 岩城吉映

初めてPEPPER LANDに足を踏み入れた時‥。¶初めてPEPPER LANDのステージに立った時‥。そんな大切な瞬間を全く覚えてない位、PEPPER LANDは私の音楽生活に、ごく自然に溶け込み、寄り添って十数年。¶さて慶子さんに、『昔の空気が伝わったり、味わえるようなコメントを。』という、高いハードルを課せられましたが、¶35年続いているPEPPER LANDをズバリ言い表したこの一言が、難無くクリアーしてくれるでしょう。¶『OH!!!‥‥JAPANESE CBGB!!』¶(1974年から続いているPEPPER LANDの看板を見た、FROM アメリカ N.Y.ハードコアの重鎮、MURPHY's LAWのVo、ジミーGが大興奮して放った一言。)¶¶ステキやんっ。
YES WE ARE ALL MEN/Vo. , ex.PINPRICKS , 元PEPPER LAND STAFF : 佐藤芳治

35周年おめでとうございます。¶はー。ため息が出るぐらい永いすね。¶すごい。¶¶伺うたびに、ケイコさんとイセオさんにはセンセーショナルなヴァイブを頂戴し、¶誠にペパーランドにはやられっぱなし、なんですが、¶なんといいますか。¶ペパーって存在自体がなんか運命共同体というか、¶ハウルの動く城というか。¶何か亜空間な気がします。¶¶決して大きくない会場ながら、¶エンタテインメントの神髄を呑み込み続けて来た¶この地は。¶ま、一言で申しますとモノの尺度が違うのです。¶だからなのか、私が帯同するミュージシャンは、¶ペパーで演ると丸裸にされる。と、¶言いますね。よく。¶ので、往々にして観念し。結果、¶皆、グッド・ショウをします。¶¶や、これはホントです。¶¶最後に、¶これからもイセオさんのくゆらすパイプの紫煙の如く、¶ゆるやかに、軽やかに進んで下さい。¶¶また、伺いますね。ペパーランドに。
PARCO CO.,LTD. エンタテインメント事業局 : 澁木サトル

ペパーランド35周年、おめでとうございます。¶35年前というと私はまだ生まれていませんが、その身にその時代ごとの音楽やアートを刻み、発信してきたペパーランドは私にとって大先輩であり、知らない時を教えてくれる先生でもあるように感じます。¶これからも様々な視点から歩み方を教えてくださいね。
MONOPOLE3 : 丹原志乃

35周年おめでとうございます。¶時代の変遷を超えて¶遊会の熱気を培養し¶遊学の先鋭性を錬磨し¶つづけてこられた¶ペパーランド精神圏に乾杯!
工作舎代表取締役社長 : 十川治江

PEPPER LAND、35周年Congratulation!!¶岡山遊会の始めに出会いました。¶30余年を経て、岡山にこそ遊会が根付いています。¶さらに四国へ、敦賀へ……¶すべては能勢さんとPEPPER LANDの持続するパワーの結晶です。
工作舎出版営業部チーフ・ディレクター : 森下知

この度は、PEPPER LAND創立35周年おめでとうございます。僕がこの場所へ初めて訪れたのは6、7年前、深く深く出入りするようになったのは1年半前頃からだったでしょうか、、あらゆる表現を最大限にサポートしてくれる場所としてのPEPPER LAND。そしてALTERNATIVE MUSICK COURSE、岡山遊会、若手写真家集団Phenomenaなどを通して音楽だけではなく様々な思想や哲学などを学ばせていただける場所としてのPEPPER LAND。そこでの体験は何にも変え難い貴重な知体験と共に、モヤモヤと霧に包まれた人間を超えた真理への旅のようなものが始まったように思います。このような場所を提供してくださっている能勢伊勢雄さん慶子さんへ心より最大の感謝と尊敬の意を申し上げます。
若手写真家集団 Phenomena,ミュージシャン :片山貴文

35年!という時間もそうですが、いま現在の能勢さんの活動や作品に少しばかり接して、これはなかなか有り得ない事態だなあと、感嘆してます。これからもアナーキーにやって下さい!
高松市美術館 学芸員 : 毛利義嗣

35周年おめでとうございます。80年代から90年代にかけて、10年余りスタッフとしてペパーランドに関わったことは、自分の人生を大きく決定付けるものでした。喫茶.ライブ営業での苦労や楽しかった思い出もたくさんあります。そしてやはり、インダストリアルからテクノまで様々なオルタナティヴ・ミュージックの流れに接し、クリシュナムーティ、ティモ シー・リアリー、ウィリアム・バロウズ、ジョン・C・リリーなどの偉大な哲学者たちを知り、ジョナス・メカスなどのドキュメンタリーや数々の実験映画に出会ったことが一番大きな影響でしょうか。さらに、岡山遊会でさまざまなものの見方、考え方に接したこと、そしてもちろん、多くのインディペンデントのアーティストと の出会い、10代の若々しい表現者たちが音楽を通じて成長していく姿を間近に見たこと。これらの新鮮で計り知れない可能性を感じる体験が、私自身の意識を大きく成長させたと感じるものです。これからも、ペパーランドは様々な未知なる情報と体験が交錯し、変化が生まれる場所であることでしょう。ペパーランドが生まれた1974年について、この際最初に思ったことも記しておきましょう。¶僕のかみにはうえーぶがかかっている。¶思いどおりにならないうえーぶ。¶うぇーぶうえーぶ。¶僕のかみにはうえーぶ。¶思いどおりにならないうえーぶ。¶かいせつ、¶かみはかみ、¶うぇーぶはなみ、¶思いどおりにはならない。¶中学2年の似顔絵、¶岩崎先生が描いてくれた、¶中学3年は恐くてやさしい明石先生、¶の思い出、¶1974年。¶カミ:髪、上、神、紙、咬み・・・。¶言葉というのは長年私を悩ませてきましたが、ことばは音で、音でイメージするといろんな連想がうまれて、気づかなかったつながりも発見できたりして、うれしくなります。¶カミ、言分け、世界認識、音が世界を作った?振動の世界…。
元PEPPER LAND STAFF,ALTANATIVE MUSICK CORSE講師,ミュージシャン : 諌山修一

PEPPER LAND35周年、志を失速することなく持続されている能勢さまの底力を、あらためて、オドロキの思いで仰ぎみるおもいです。ふさわしい言葉をさがすのがむつかし過ぎです。。と。。。
どどいつ文庫 : 伊藤智司

35周年おめでとうございます。変わらずそこにあるものって、実はとっても大切なものだと思います。¶自分が日々変化していくからこそ、変わらない存在を必要とするのだと思います。¶¶これから35年たって、私がおばあちゃんになっても、ペパーランドはきっと変わらずにそこに在って、相変わらず毎日いろんな人が来てはライブをやって、沢山の人の中に存在し続けるのでしょう。
夢番地 : 竹谷さおり

祝35周年おめでとう御座います!!¶大学1年生の時に出会い、いまはお仕事でも関わらせて頂いて約11年。能勢さんのおかげで、少し遅かったですが毎回、新しい発見、刺激をしっかりと感じ、もらえる場所で有ることに気付いて数年、、、みんなあたたかくていい人達ばかり、本当にいつも、ありがとうございます。¶これからも、変わらず、お付き合いさせて頂ければと思います。
夢番地 : 澤田秀則

能勢さんと初めて出会ったのはついこの四ヶ月前、樹木と冷たく湿った土の匂いに包み込まれた那須の二期倶楽部だった。¶たまたまバーのカウンターで隣に座った方がどういう人物か全く存じ上げぬまま話をし、私はその時の短い会話で能勢さんがすぐに好きになってしまった。那須から戻って以来、私の枕元には『SPECTACLE NOSE ISEO 1968-2004』がある。個人的に私は自分が体験しそこねた60、70年代の文化に憧憬を持っているが、最もよく開くページは80年代。映画、音楽、絵画、現代思想と私が人生で最も多くの知的刺激を受けたはずのこの時代、能勢さんのテクストに触れて以来、この80年代を懐かしさからではなく大いなる興味によって学び直している。能勢さんはご本人の与り知らぬところで私の大先生である。¶その後も直接お目にかかれる機会があって、一度は偶然にもサイエンス・アート研究者の石黒敦彦氏が共通の知人であることがわかって三人でお茶を飲みながら話をした。その時の石黒さんの能勢さんに対する態度にはやはり師を仰ぐようなところがあって、ああ能勢さんは世界教師なのだな、と遅まきながらようやく理解した。¶しかし直接会えなくても、岡山のペパーランドに一度も足を踏み入れたことがなくても、誰でも能勢さんを体験し、師とすることができる。頻繁に届く活動の案内に目を通すだけで一刻も早くジガ・ヴェルトフを再確認せねばと思い、『写真論』を読み直さなくてはと思うのである。(しかもジガ・ヴェルトフもソンタグもエイゼンシュタインもベンヤミンも私個人的には80年枠。)¶ペパーランド35周年、誠におめでとうございます。
映像制作 : 松浦まみ

石の上にも3年の10倍+5年。¶「ゆっくり行く者が最も遠くまで行ける」¶という言葉を聞いた事があります。¶これからもよろしくちゃんです。
eastern youth : よしの

ペパーランド35周年おめでとうございます。¶長い歴史の中のほんの一部の年月しか、ペパーを体験できていませんがそれでも私がペパーランドに愛着を感じてしまってる理由は、¶この空間で皆が"何か自分も!"¶と必死で模索しているエネルギ—が好き!¶かつ刺激を受けるのと、スタッフの皆さん。ブッキングマネージャーの慶子さんをはじめこの方達なしではペパーの音は成立しません!性格も!!?それぞれが出す音も!個性的な面々。ペパーランドにこのチームあり。スタッフも名物になってると思うのです。いつも気持ち良い音空間と、そして出演者に対する暖かいまなざしをありがとう!そこも大きな魅力です。そして伊勢雄さんの¶音に対する視点¶ア—トに対する視点¶そして今、歴史を経てこの時代を私達が生きるって事はという視点に触れるにつけ、いつも新鮮な感動が!!¶一言でいえば"ペパーに触れると愛を感じる!¶"キザですか…。¶でも本当に素敵なFAMiLy・TEAM・ハコ!¶一緒に生きれてHAPPY!¶これからもますます、¶独自の存在に磨きをかけていかれる事を¶心よりお祈りしています。¶ブラヴォー!
Rrose Selavy/Celine : 犬養佳子

ペパーランド35周年おめでとうございます。¶初めてペパーランドに来てからまだ1年ちょっと。まだまだピヨっ子ですが、伊勢雄さん・慶子さん・聖紅さん・遊神さんを始め、スタッフのみんな・バンドさん達にいろいろな体験をさせていただきました。¶これからも、たくさんの‘楽しい!’に出会って、ペパーランドと一緒に成長していきたいです。¶そして、能勢ファミリーのみなさま、これからも宜しくお願いします。
GIRLS★BOOGIE : はち子(山本 奈々絵)

ぺパーランド35周年おめでとうございます!¶¶ぺパーは演者とお客さんの[近過ぎる距離感]がとても素晴らしい箱だという事は言うまでもない……が、何と言ってもスタッフの暖かさ、そして音楽に対する深い愛情がサイコーなのです…。これからも我々の心のオアシスで居て下さい。
フラワーカンパニーズ : Ba.グレートマエカワ

僕は今、大阪市城東区新喜多東に住んでいる。¶能勢さんとの出会いは20年以上になる。岡山商科大学に行ってた頃だった。エンサコや小川と馬牛馬というバンドをやっていた。音楽の身体性、衝動性、憑依性、破壊性を考えた。¶岡山にサヨナラしても親交は続いた。荻原勝主演の能勢監督作品「共同性の地平を求めて」の上映会をやった。当時は曰く付きの映画で、上映会で反対派が座り込みをしたとか噂の尽きない映画だったが僕は、これは学生紛争の映画というだけでなく人類史で不可欠な普遍性の中でひとりぼっちの魂の問題の映画だと思った。¶¶あと、思いだすのは松岡正剛の編集学校をむちゃくちゃにしたなあ。¶¶熊山 大本 大元 大國宮 神政龍神会 さすら 様々な神との出会い¶¶など挙げれば、枚挙に暇がない。¶¶遊会のチューターまでやらしてもらってありがとう。¶¶まあ、自分ではコウウツザイやアンテイザイで、忘れっぽくなってて唯一の幸せは藤井寺の荻原勝さんの笑顔やなあ。¶¶あとは能勢ご夫妻に感謝します!¶35年おめでとうございます!
大阪サラリーマン&ミュージシャン : 尾崎伸行

ペパーランド35周年!おめでとうございます!¶これからも、地元のバンドマンの為に、もちろんツアーバンドの為にも、40周年・50周年目指して頑張って下さい!¶慶子さんの笑顔は日本一!
キャンディプロモーション : 袴田和弘

35周年おめでとうございます。¶オープンしたときに生まれた子供は35歳の中年バリバリですね?¶独特なスタイルで頑張っているペパーランドは尊敬してます。¶時代が変わり大変でしょうけど、頑張って岡山の文化の為に、あと35年続けてくださーい。¶ということは今が折り返し地点一番油がのってるんでは?応援してマース!
九州DRUMグループ Be-1 : 西本真也

PEPPER LAND 35周年おめでとうございます。¶¶僕はPEPPER LANDでたくさん学び、たくさん楽しみ、たくさん感動してきました。まだまだそうしていきたいです。¶¶伊勢雄さん慶子さんスタッフのみなさん、ありがとうございます。¶これからも宜しくお願いします。
タウン情報おかやま : 岩田淳

岡山出身の僕としては地元時代からペパーランドのステージが憧れでした。¶「あのステージに立ちたい」と高校の頃叶わなかった夢を上京して組んだバンドのツアーで実現する事が出来ました。¶そんな思い出深いペパーランドがこの度35周年。素晴らしい事です!僕の初ステージの時は果たして何周年だったのだろう?¶今でも本番前の前室での緊張感は忘れる事が出来ません。
シンガーソングライター,ex.チェンバロ : ヤブキタカユキ

35周年、心よりお祝い申し上げます。¶オレがこの世に降り立った時と同時期にPEPPER LANDの歴史が始まったのかと思うと、より一層の親近感を憶えずにはいられません。¶今まではお世話になる事ばかりで何も返せていない自分をより奮い立たせ、より沢山の恩返しが出来たらと思っております。¶継続する事の難しさを年々痛感しながら、それでも継続を選択して来た意味を少しでも見出せる様な2010年にしたいと思います。¶岡山というローカルな街に根付いて継続して行く事で背中を見せ続けてくれるPEPPER LANDに、最大限のリスペクトを。¶これからも、よろしくお願い致します。
GOOFY'S HOLIDAY/LIVE HOUSE WAVE : 沼津 TAKASHI"Endy"ENDO

自分の中で人生最高のライブの内の一つをする事が出来たのがペパーランドでしたし、大切な友人と出会う事が出来たのもこの場所でした。¶岡山は芸術が生活にとてもゆったりとした感じで溶け込んでいる気がしますが、その岡山のサブカルチャーと言われるような部分を35年もの間下支えしてきた事は物凄いと感じますし、これからも芸術家や音楽家とお互いに支え合って、この全国的に見ても個性的なライブハウスを続けて行って欲しいと思います。¶もしかしたら35年というのはとても短くて、次の35年後、何か根源的な力のような物を、もっと、今まで以上に、感じさせてくれるような場所になっている事を想像し、これからの未来にも期待しています!
GRUBBY,ALL LIVING THINGS,POUND ROCK : AKIRA

35周年おめでとうございます。¶もう何回出演させてもらったのか分からないほどお世話になっていますが毎回楽しく新鮮な気持ちで演奏させてもらってます。¶特に能勢さんには毎回いろいろなことを教わり自分の音楽に重要な影響を与えてもらったと思っています。¶¶これからもよろしくお願いします。
ドラびでお : 一楽儀光

ペパーランドは僕が初めていったころ(もう20年以上も前のことだと思います)¶はまだ喫茶店兼ライブスペースといったかんじで、ライブ前に椅子とテーブルをみんなで運んでライブするスペースを作りました。¶次に行くと今度はお店の裏に板があってそれをみんなで運んでステージを作りました。¶それからその次に行ったらもう完全なライブハウスになっていたので、もうステージを作らなくていいのかと、半分ホッとしましたが、みんなでステージ作るのも楽しかったよですよ。¶最近はあんまりペパーでやってませんがまたそのうちよろしくおねがいしますね。¶ではー。
MAMORU&THE DAViES : ワタナベマモル

35周年、おめでとうございます。¶¶ある人が言ってました、「自分を一番自由にしてくれる束縛は何か?それを考える心を大切にしよう」(間違っていたら、ごめんなさい。)まさに、ロックな言葉だと思ってます。¶そして、ライブハウスの存在って、まさに、ミュージシャンにとって、束縛そのものだと思います。ブッキングマネージャーが怖い(笑)、思った通りの音が出ない、ノルマを達成出来ない等々。不自由極まりありません。¶だからこそ、それを自分なりに楽しめて、乗り越えた時、ミュージシャンとして、生きて行く上で、大切な一歩となるんじゃないでしょうか。¶ライブハウスには、これからも、そんな存在であって欲しいと思います。
アミューズ : 里井正和

北海道から果てしない距離にある大先輩のライブハウス。自分の人生よりも長き日に渡って岡山のシーンに在り続け尊敬するばかりです。もっと岡山とサッポロの距離が近くなる様にこちらも精進し続けたいと思います。35周年おめでとうございます。
(有)リアルライフレコーディングス,STRAIGHT UP RECORDS・HOPPING RECORDS,REAL LIFE RECORDINGS・SLOW RECORDS,KLUB COUNTER ACTION :
三浦洋平

35周年誠におめでとうございます。今後とも音楽と地元岡山を結ぶ大切な場として、ますます発展されることを心からお祈りいたします。
株式会社 岡山シティエフエム(Radio MOMO) : 新田翔偉

35周年、おめでとうございます!!!2009年、今この地点に立って、大量のクソったれを製造&建築してきた日本の中で、御店は間違い無くオアシスのひとつです。末永く、「生」を届けて下さいませ!!!
GREEN HOUSE : 黒田秀徳

35周年おめでとうございます。¶サブカルチャーを支え続けた拠点であり、いまも新たな文化を発信しつづけるファクトリー。¶本当に素晴らしいです。
構成作家/音楽プロデユーサー : 谷崎テトラ

素晴らしいペパーの歴史。¶私のDNAに深く刻まれてます。¶今後の益々のご発展お祈りいたします。¶また顔出します。
アルカイックアーチャー : 中尾貴之

35周年おめでとうございます。俺が19歳、大三元の頃からお世話になって2009年現在で11年。PEPPER LANDの歴史に比べれば浅いですが、俺の人生の中では大きく、そして、様々な事を学ばせて貰った場所です。今は東京で活動していますが、PEPPER LANDほど暖かいLIVE HOUSEは他に見た事ありません。いつでも俺のHOMEはPEPPER LANDです。これからも良い意味で今のまま、暖かいLIVEHOUSEであり続けて下さい。俺もさらに成長してまたPEPPERLANDに帰ります。
DELTABUSH,SWELTA,元PEPPER LAND STAFF : HiRO a.k.a FATTY

ペパーランド35周年だそうで、おめでとうございます。¶人間に例えると35歳と言えば、バリバリ働き盛り、一番仕事ができる年頃と言う感じでしょうか?でも赤ん坊の頃から店を始めたといってもおかしいので、20歳から初めても55歳。いったい、慶子さんて何歳なんでしょう?道程を考えるといろいろと想像が膨らみます。ライブハウスという言葉が無かった黎明期から、僕たちの標となってくれた、ペパーランド、これからもピリ辛を効かせてください。
姫路Beta : 店長三四郎

ペパーランド35周年によせて。¶ペパーランドは僕が宇宙一好きなバンドFISHMANSが大好きなライブハウスだ。彼ら曰く、¶「なんだかここは燃えてくるところだ」¶そう、ペパーランドに行くと燃えてくるのだ。¶ある時はサウナ状態の汗だくで大暴れし、¶ある時はアーティストと共に客席でシンガロングし、¶ある時はライブ中に突然の恋愛相談を持ちかけられ、¶ある時は時間と空間の観念を超えて、無限の宇宙に呑み込まれる。¶ペパーランドに行って何事も起こらなかった日は無い。¶ペパーランドに入った瞬間、心の導火線に火が付き燃えてくるのだ。¶そして燃え尽きて灰のようになった僕に能勢さんはこう言うのだ。¶「あれ、もう帰るの?もーちょっと遊んでゆきなよ」¶これからもずっと遊ばせていただきます。¶ペパーランドが岡山に存在することをいつも誇りに思っています。¶ぺパーランド35周年おめでとうございます。(なんとPEPPER LANDと同い年なのは嬉しいことです)¶INDEPENDENT ANARCHY FREEDOM FOREVER!
cafe.the market mai mai : 内田 RUMBA 徹

35周年おめでとうございます!¶まだ35年しか経ってないの?というのが正直なところでありますが、ボクがぺパーランドに最初に出入りしていたのは、今や伝説のキジ焼丼やカレー、手作りのココアなんかが楽しめた88年!週末祝日メインにライブをやってて、その当時は詩人の血を中心によくライブを観に行ってました!¶当時、メインストリームのシーンしか知らなかったボクには、当時の地元岡山のバンドはとっても衝撃的に映りました!だって、自分達は自分達、という、誰の為でもないステージなのですから。¶スタッフとしてぺパーランドに潜りこんでは、自分の知ってる世界が如何に狭いモノであったのか、という事にショックの毎日でした!その後も、いち速くハウス・ミュージック体験をさせてもらったりと、様々な体験の場であったぺパーランド。¶今でこそ年に数回、訪れるだけだけども、ぺパーランドに関わらなければ全く別の人生だと思います。¶なのでぺパーランドで出会った全ての方々に感謝するとともに、今後も21世紀の岡山のユース・カルチャーの発信原であることを願いつつ、35周年!おめでとうございます!
元PEPPER LAND STAFF : 池上隆智

35周年おめでとうございます!¶私より少し先輩ですね(笑)¶思い返せば、私とペパーランドの出会いは、私が大学生の頃。¶当時、ジャパニーズメロコア、スカ、パンクなどが好きで、友達とライブに行ったのが、ペパーランド。¶対バンに、「BOOCUSS」、「バンキーズ」、「ピンプリックス」¶ペパーランドスタッフで今は解散したバンキーズのギターで今のIdolPunchの二朗くんや、元PINPRICKSの佐藤くんとは実は二十歳の頃出会ってたのです!(笑)¶それから私は、ライブを観に行く側から、携わる側になり、長い間慶子さんをはじめペパーのスタッフの皆さんにはお世話になりました。m(_ _)m¶今は、キャンディーを辞め岡山を離れ、東京に暮らしています。¶ライブハウスへは、まぁまぁ行きますが、たいがい皆さんクールなんで「なんや!」と思うことがあります。¶そんな時、ペパーのこと思い出すんよなぁ〜。。¶受付にいる慶子さん、その横にいる伊勢雄さん(笑)、子供に「二朗くんは大人?」と聞かれた“いつまでも少年"二朗くん(笑)、クールだけど実は熱い遊神くん、小林さんに佐藤くんに、中西くん、哲平くん…。¶皆、なんて温かいんだ!!¶…長くなりましたが、これからも地元ペパーランドを誇りに思います!¶いつまでも、そのままで!¶追伸、フラカンとMY WAY MY LOVEを宜しくお願いします。¶
元キャンディープロモーション : 久安裕子

ペパーランド35周年おめでとうございます!!!!!¶岡山の心の父さん母さん!これからも素敵な怪電波を岡山市ペパーランドから全宇宙に向けてビシバシ発信し続けていってください!!!
元キューンレコード : 上野牧子

私はこのPEPPER LANDで育ちました。¶1階から突き上げて来る爆音の中、弟の遊神くんと遊んだり勉強したりご飯を食べたり…日々の生活を送ってました。¶普通のお宅との違いになんとなく気がついたのは小学校の頃、友達に『能勢さん家ってヤクザなんでしょ?』と言われた時。¶当時はパンクバンドブームで家に帰ると派手な色のモヒカンを格安でしっかり固まるダイエースプレーでツンツンヘアーにした入れ墨たっぷりのお兄ちゃんに遊んでもらっていて、『お兄ちゃんヤクザなの?』って聞いたら笑われたのを覚えています。¶中学生の時はビジュアルバンドブームだったので『能勢さん家って黒ミサやってるんでしょ?』と聞かれ、高校生の時には『◯◯のサインをもらって来てほしい!』とか『チケットタダにしてや〜』とか、お買い物へ行けば『お父さんとお母さんに◯◯って伝えておいてね』とか。。。¶みんなの興味の対象は私ではなく常にPEPPER LANDと父・伊勢雄と母・慶子。¶今思えばそりゃそうなんですが当時の私は子供だったので『岡山を出てPEPPER LANDと父・母が居ない所で自分の力を試してみたい!!』と思い18才で大阪へ。¶以前からやっていたデコレーション(舞台装飾)の仕事が忙しくなりだんだんと関わる人の輪が広がって来たころ、大阪のイベントで入りオペで(この日は音響の方が一人で東京から来られてた)美味しいお店知らないだろうなと思い“初めましての挨拶”をして一緒に食事へ行く事に。¶話していると『関西弁出ないね〜どこ出身なの?』と聞かれ『岡山です』と答えると『岡山と言えばPEPPER LANDだよね!知ってる?昔パンクブームの時代があってね、ツアーでよく行ったんだよ〜』と言われビックリ!¶『私、そこの娘です』と答えると『ええぇー!!!(←大絶叫)あのとき赤いランドセル背負った子供と遊んだ覚えがあるけどあの子なの!?こんなに大きくなっちゃったの!?一緒にザリガニ釣りしたの覚えてる??』と言われ、毎日やって来るツアーバンドのお兄ちゃんを日替わりで捕まえて遊んでもらっていたので覚えているはずもなく『当時はお世話になりました』と言うしかなかった…¶デコレーションの仕事で日本中をウロウロしていますがその後も各地で『昔ツアーで行った事あるよ!あのカレーまた食べたいな〜』とか『昔ウルフルズのおっかけしてて行ったことあるよ』とか『君が娘さんか〜先週お父さんと一緒に仕事したよ』とか『ブッキングの件でお母さんと電話で話したんだ』とか『PAの二朗くんのファンです!』『遊神さんによろしく伝えてください!』などなど。¶最初はPEPPER LANDから距離をおいたと思っていたのに離れれば離れるほどPEPPER LANDの大きさが解りました。¶たくさんの人達が彩り創ったみんなの思いがいっぱいの私の自慢の実家、PEPPER LAND。祝35周年!本当におめでとうございます☆ 
デコレーター,広報担当,どら娘 : 能勢聖紅

35周年って凄過ぎて逆に新鮮です。¶長くやり続けることに美学がある。¶35年という年月にくらべたら俺達はまだまだひよっこです。¶見習って精進します!¶本当におめでとうございます!¶
山嵐 : SATOSHI

始めてペパーランドに行ったのは、10数年前のCorruptedのライブでした。¶大阪に住んでいた時から、名前を知っていたペパーランドで、好きなアーティストのライブが観れて、感動したのを今でも覚えています。¶それから数年後に、能勢さんから『水戸の美術館でグラフィティの展覧会(X-COLOR/グラフィティin Japan)をしたいから、協力してほしい。』と、言って頂いた時は、とても嬉しかった事を覚えています。¶¶その後、能勢さんには、お店に寄って頂いたり、街で気さくに声をかけてくださったりして、大変お世話になっています。¶これからも、人生の大先輩として、もっと大切な事を教えてもらいたいと思っています。¶¶同じ経営をする者として、35年間続けるという事がどれほど大変かは、想像を超える事と思います。¶¶35周年、本当に心からお祝い申し上げます。
BLOCK BASTA : 元宗正利

PEPPER LAND 35周年おめでとうございます。¶一度もペパーに行ったことのない私がお祝いを申し上げるのも妙な気がしますが、能勢さんとは松本順正医師との関係で知り合うようになりました。私がメース博士の『シュタイナー医学原論』を平凡社から出版するにあたって、この2人はじっくりと内容を検討してくれました。能勢さんのアートに関する守備範囲の広さには圧倒されっぱなしですが、それよりも個人的に私の励みになっているのは能勢さんの仕事の執拗さです。岡山遊会を長年持続する意志力はそれだけで驚異的です。この持続力くらいは自分も学べるのではないかと思うのですが、何かを30年、35年と続けるとなると、果たしてできるかどうか疑わしい。人智学に関しても能勢さんは私の知らないことを多く知っているが、それは、やはりその執拗さのゆえでしょう。能勢さんの持続する意志のいくばくかを学びたいものです。以上、これが私のお祝いの言葉です。
ゲーテ自然学 : 佐藤公俊

体感した事がなくて、全く、計り知れない色々な時間がそこで流れていったんだろうなと今、大阪から想いを馳せております。¶ペパーランドに出会えた事で、人生得した気分です!!私はぺパーランドを愛しています!!これからも末永く、温かいぺパーランドが続く事を願います。
BOGULTA : NANI

ぺパーランド35周年、心より、おめでとうございます。¶35年なんて時間を高校の時に初めて来て、気が着いたらもう今になってました。ペパーに関しては良い事もやな事も色々ありすぎて5W1Hとか記憶が全然ハッキリしないんですが、それ込みのいろんな意味でパラレルな学校みたいな存在です。¶グングン加速中&ちょっとした変革紀であろう世の中にあってこれからもたくさんの刺激ときっかけの特異点で在り続けてほしいし自分もそうありたいっす。おめでとうございます。
ペパーランドマニア,TOP40AGEギッツ担当 : ブーヤン

たった1人でも、¶諦めてしまうと錬金術は錆びてしまう。¶頑張り続けましょう。
ミュージシャン : 灰野敬二

35周年とのこと。人間でいえば、やっと仕事ができるようになったころ。100歳までおつきあいしたいですね。おめでとうございます。
作曲家 : 藤枝守

聖地PEPPER LAND、35周年に寄せて¶通常の組版であれば数十頁になるであろう恐るべき情報量のフライヤー(?)が届くようになったのはいつの頃からだったろうか。能勢さんと会うことになったのは、裸眼ではもはやそれが判読不可能になったここ5年内外のことのように記憶するが、その時にはすでにぼくたちは古神道・大本教・シャーマニズム・ブレインマシンを結ぶ不可視の蜘蛛の巣上で旧知の間柄であった。吉備の地は安倍晴明、芦屋道満にまつわる伝説が異常に多いことで知られ、盤古大王を中心神格とする祭文を伝承する総社の陰陽師集団・かんばら上人の神理教、金光教への関わりは、陰陽道から金光・大本にいたる背後力学の存在を示唆する。能勢さんという不思議な人物、そして聖地PEPPER LANDもまた、そのような地霊の残響の中に、原初の混沌からフォルムが音が立ち上がるその瞬間への衝動を背景に出現したようにぼくには思われる。願わくば、水(3)と火(5)が交わる35年を迎えたこの聖地が永遠不滅にあらむことを!
八幡書店 : 武田崇元